第116期 #9

ムービー

 北関東の温泉地から列車で深夜に帰宅し、疲れ、眠り、日常に戻ると翌朝には太陽が、ほら今日も昨日と同んなじだぜ、としたり顔で告げる為だけに昇っていた。旅館での女とのセックスビデオの編集は後にして、出勤をした。仕事をした。部屋に戻った。
 露天の個室浴槽で、わたの布団の上で、無人列車の座席でしたためた性行為を切り刻んで繋いだ。三脚がないので接写が多い。画面一面肌色で、カメラレンズがゆっくり上昇するとわずかずつ肉の陰影の加減が変わってゆく。黒い影の分量がわっと増えたかと思うと尖った乳首が映りこむ。ただこういう静かなシーンは助走であって、欲情の契機となるのは性器もしくは顔だった。また不思議と女の部分だけでは寂しく、顔ならば私の舌先が彼女の口腔内に捩じこまれているのだったり、性器だったら私の指先が彼女の秘裂を下から上へとアラビア数字の1を不器用に逆になぞるようなポルノグラフィが必要だった。
 目まぐるしい手ブレやピンぼけの画面の中にあらわれる工程の中、時折性器だけが正面に映される。それは私が彼女の唇を吸っているような時で、その時ははっきり聞こえるように音量を大きく編集してやる。音量が、記録された呼気や悶えに含まれた湿度を記憶の中でも目に見えるほど再生できるくらいの解像度を持つくらいに。彼女の液体にまみれた血肉色を見ながら、機器を操作する。
 できあがった映像をタブレットのパソコンに入れて掛布団を被って眺める。自慰はしたりしなかったりした。

 彼女は私の生活の汚濁を浄化する為のツーリズムに嫌悪も示さず付きあった。他人を受け入れることは社会的快楽につながっているのかもしれない。
 射精後に私は彼女の顔をアップで撮影した。すると彼女は交接の最中、急場しのぎに放蕩させていた理性を呼び戻し、人間的に笑う。テレビドラマで女優が見せるように、頬にまで深く皺を寄せて笑う。
 彼女はこのムービーをいつか楽しむだろう私に向かって問いかけた。
「オナニーしてるの?」
 私たちは狐やキリンと、どこも、ちっとも違わないのだ。という安心感を覚える為にカメラを構えていた私は、怯む。丁寧に獣性と向きあって構築した行為が、彼女のたったの一言で予測され、あからさまになると、私は言葉の残念さを嘆いた。
 カメラは止めなかった。私は私で、あなたはあなたで、今こうして違うことを考えて、感じている。この隔たりこそが最も興奮を助長させた。



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