第116期 #8
彼女は行き詰まっていた。
自らが望んだ職場、自分の能力を存分に発揮できる部署に配属されたのは、五年前。
それからはただ一途に仕事に打ちこんできた。
学生時代の趣味は、社会人になってからすべて捨てた。
食生活も、自分で作る軽食と、コストパフォーマンスを重視した外食に任せた。
そんな生き方が崩れたのが今年の春。
突然の異動を命じられ、彼女の仕事は雑用になった。
もちろん会社の歯車が上手く廻るためには、雑用係も必要だろう。
そのことは彼女も理解していたし、その気になれば遣り甲斐を見つけることが出来ることも、薄々感づいてはいた。
ただ彼女は漠然と、この仕事が合わないと、確信していた。
それは、失恋だった。
やりたい仕事、という恋人との別離。
前の仕事が恋人なら、今の仕事は何なのだろうか。
恋人との別れは、今なお心に重くのしかかっている。
彼女の気持ちはここにはない。
それでも付き合っていかなければならない。
それは、まるで……。
「まるでセフレだわ。」
私は頬杖をつきながら、ぼんやりと呟いた。
時刻は夕方の6時で、結構おしゃれなパスタ屋に独りで居るスーツ姿の27歳の女。
隣の椅子には仕事の資料がぎっしり入ったバッグ。
自分で言うのもアレだが、まぁまぁイケてるキャリアウーマンだと思う。
他には、注文がミートスパ大盛。
あと、うつろな目でセフレとか呟いてる。
ついでに、胃袋が唸りをあげてるあたりもポイントだ。
「……あれ?私、イケてない?」
言ってから、唐突にセフレでも作ろうかという気分になった。
もちろん仕事の方じゃなくて、正真正銘のセックスフレンド。
なんとなくセフレが、このイケてない状況を打破してくれる気がするのだ。
思えば就職してから、恋人はいないのだった。
いや、仕事が恋人だったから当然といえば当然なのだ。
だって、恋人は一人しか作らないものだから。
「でも、セフレは何人いてもいいのよね。」
言いながら、だんだんと素晴らしいアイディアのように思えてきた。
少なくとも、今食べ終わったミートスパ大盛くらいには。
セフレって彼女持ちのあいつとかでもいいんだろうか。
流石に妻帯者はまずいよね?
そんなことを考えながら、私は手ぶらで店を出た。
何かから解き放たれたような、清々しい気持ちだった。
店の前の信号は、赤だった。