第116期 #7

傷。

傷。
ひとすじの傷がある。
どうしてこんなところに。
指でなぞる。
ふと爪をたてる。
そっと。
そっとそっと。
そっとそっとそっとそっとそっと。
爪で傷を奪い取る。
痛みと恍惚感に襲われる。
慎重に。
油断せず。
傷に隙をみせぬように。
傷は少しずつ失われる。
しゃくと音がなる。
傷が失われる。
そして新たな傷が出来る。

傷。
傷を無くさなければならない。
傷が増えている。
ああ。
はやく。
はやくはやく。
傷を無くさなければ。
傷に爪を立てる。
しゃくと音をたてる。
しゃく。
しゃくしゃく。
しゃくしゃくしゃくしゃくしゃく。
私の意識はどこかに消える。
私はいつからここにいるのだろう。
どうでもいい。
とにかく傷を。
傷を無くさなければ。

傷。
傷はもう一平方米まで広がっている。
爪をたてる。
いや。
爪では間に合わない。
はやく。
あたりを見渡すと一丁の包丁が転がっている。
傷に刃を当てる。
あせらずに。
ゆっくりと刃を奥へ動かして行く。
するすると。
するするすると。
するするするするすると。
痛みと恍惚感に笑みが零れる。
刃を滑らせ終える。
傷は失われる。
そして新たな傷が残る。

傷。
傷が無くならない。
傷は次々に広がる。
左腕は傷だ。
右腕は傷だ。
左脚は傷だ。
右脚は傷だ。
傷が。
傷が擦れる。
そして傷になる。
あは。
あはあは。
あはあはあはあはあは。
何だか楽しくなる。
だけど。
だけど傷は。
傷は無くさないと。

いつからだろう。
傷から血が流れない。
左腕も。
右腕も。
左脚も。
右脚も。
胴も。
顔も。
腰も。
傷なのに。
額の真ん中。
そこが最後。
三糎程の部分が最後の私。
ここが私に残された場所。
ああ。
傷を無くさなければ。

傷の頭が動く。
傷の頭が鏡を覗いている。
傷の頭が困ったように傾く。
傷は傷の左手で私をなぞる。
ふと爪をたてる。
そっと。
そっとそっと。
そっとそっとそっとそっとそっと。
爪が私を奪い取る。
痛みと恍惚感に襲われる。
慎重に。
油断せず。
私に隙をみせぬように。
私は少しずつ失われる。
しゃくと音がなる。
私が失われる。
そして新たな私が出来る。



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