第116期 #2
その日は特に何もない日だった。何の前触れもありはしなかった。強いて言えば、世界が終わるのはどんな感じだろうと、ふと白昼夢に浸ったのはそれが起きる前兆だったのかもしれないと言えなくもない。
今日も崩れたビルの上、死んだ町を眺めてた。理詰めの科学者や哲学者が、盤を囲んで飽きもせず理論の千日手を続けていた。そういや、なんで建物は崩れたんだっけか、あの日の出来事とこれは関係ないと思うけど。確か、誰かが壊しにきたんだったか、崩れたんだったか。まあどうでもいいことではあるが、ビルが崩れているのは、散らかっているみたいで気分が良くないと誰かが言っていたけれど私は青い空を背景にした瓦礫たちが結構好きだった。
科学者が叫んだのを始まりに、盤の上の出来事だった議論が拳に代わりそうになったのを横目で見届け、私は瓦礫から降りて別の場所へ移動した。
だけどこんなゴミみたいな町、見捨てちまえばいいのに。
科学者はこの地でどう暮らしていくかを考え、哲学者はこの地でどう果てていくかを考えた。私はどちらも気に食わない。どうして誰もここから出ていくことを考えないんだ。うんざりして、瓦礫の高いところに腰掛けていたら、やはり君が来た。いつも通り私の隣に座る。
「ねぇあのさ」
「なに?」
「こんな町出ていかない?」
最早「町」と言うのにも躊躇われるこんな場所、嫌だった。でも君は言う。
「何度も言うけど、嫌かな。あのさ、君も何度もそう言いながら一人で出ていかないところを見ると、結局この町が好きなんじゃない。あとは単なる臆病か」
「………」
「君のことは好きだけど、僕はこの場所で死んでみるのもアリなんじゃないかなって最近やっと思えてきた。…ああ、どうでもよくなったんじゃないよ。それにね、」
「外に出たって殺されるか野垂れ死ぬかしかないんでしょ」
私の47回目の告白も、結局いつも通りの問答で。だけど、いつもはただ座って微笑んでいる君が、今日は私の手を取り走りだした。
「でも外の世界の畜生どもに、目にもの見せてやりたいね、最期くらい」
悪戯でも考えついたかのように笑う君、
「……うん」
応えるように笑い返す私。特に何もない日だった。けど、今日で終わった世界が変わる。
未だ盤を囲んでる馬鹿の集まりを二人で笑いながら、私たちは外へ出た。