第116期 #1

手紙

 彼女と喧嘩になってしまった。発端は,お揃いで買った名前入りのボールペンを僕が失くしたこと。「秘密を持ったらハキョクね」と言われていたので,正直に話したのに。
 僕の彼女はとてもキレイだ。「ハキョク」なんて言葉,女の子の口から発せられるのを初めて聞いたけれども,彼女はちょっとモデルっぽいから「ハキョク」という言葉が似合う。 
 これまでは,喧嘩になってもその日の夜の「おやすみ」電話には出てくれたし,翌日は「おはよう!」というメールが絵文字つきで来た。「ごめんね」とは絶対に書いてこない子だけれども,仲直りできれば僕はそれで満足だった。
 しかし,今回はちょっと様子が違う。全然連絡が取れない。自然消滅の雰囲気になってきた。これは困る。
「どうしよう」。僕は口下手だ。だから,手紙を書くことにした。もし話がこじれたらそれを渡せばいい。われながら名案だと思った。
 僕は,手紙を2通用意した。1通は赤面するような言葉で求愛し・復縁を求めた。そして,共通の友達に仲介を頼み,会うチャンスを作ってもらうことにした。電話もメールも受信拒否されていたのだからやむを得ない。
 ところが,その友達は「あれ?別れたんじゃないの?あの子,合コン三昧だよ」と,聞きたくもない彼女の近況を知らせてきた。自分でもびっくりするほどの低姿勢で,連絡をとってもらうことにした。僕はどうしても彼女に会いたかった。しばらくして,日時と場所を指定した伝言が転送メールでやってきた。
 当日のことは思い出したくもない。僕たちは,さらにひどい喧嘩をしてしまったのだ。それでも僕は,手紙を渡した。彼女はいきなり破り捨てる勢いだったが,とりあえずは受け取ってくれた。

 カフェを飛び出して,無理やり持たされた手紙に気づいた。このまま捨てるのも癪なので破り捨ててやることにした。四つに,いや八つ裂きにした封筒から,少しだけ中身が見えた。ドラマでよく見る,あの薄い紙が見えた。一応拾って張り合わせ復元してみる。間違いない,婚姻届だ。
 私は,こういうのに弱い……わけがない。私のことがまったくわかっていない。こういう小技を使う男,自己陶酔するバカを,私はゼッタイに許さない。震える手で電話をかける。
 「あ,はい,…」待っていたような雰囲気に怒りが頂点に達した。精気のない声を聞いて,私は容赦なく怒鳴り返していた。
 「私の書く欄に,自分の名前書いてどうするのよ!」



Copyright © 2012 山本高麦 / 編集: 短編