第115期 #7

とある日常の一場面

 彼女――琴吹は朝のHRの最中、教室の片隅、窓際の一番後ろの席で項垂れていた。その原因はつい先程、いつも仲良くしていた友達との間にあったいさかいだった。
 発端はとてもつまらないものだった。彼女が好きなアーティストを、その友達はあまり好きではなかったという、意見の食い違い。しかしあまりにも、言うなれば狂信的なまでにそのアーティストのことが好きな彼女にとっては、それだけで事の発端足り得たのだ。
 けれど、今考えてみればどうしようもなく大人気なかった。物の良し悪しの受け取り方など千差万別なのだから、自分の考えを押し付けてもそれは無理強い以外の何物でもない。
 そのことに思い至った彼女は、しかし素直に謝ることは出来ないと思っていた。それは、ただの意地でしかないのだが。
 逡巡しながら退屈なHRを過ごした琴吹は、一限目の授業の教材を取りに後ろのロッカーに向かった。
 そこで、同じく教材を取りに来たのであろう、榊と出くわした。隣りの席になって長く経つが、特に関わりがなかったので今まで殆ど話したことがない。あるとすれば、落としたペンを拾ってもらった時にお礼を言った時くらいだろう。だから彼女は特に反応も見せず、そのまま彼の隣りを通り過ぎようとした。
「……琴吹さん、なんか元気ないね?」
 すれ違いざまに彼は、首を傾げてそう言った。話しかけられるとは思っていなかったので、少し驚いて声を漏らす。
 それを見て、彼はおかしそうに小さく笑った。
 その笑顔が何となく癪に障った琴吹は、少しばかり不機嫌そうに眉根を寄せて短く言葉を返した。
「別に、そんなことないよ」
 少し、素っ気無かっただろうか。けれど、今は誰彼構わず愛想よくできるほどお気楽な心境ではないのだから――そう、自分自身に言い聞かせた。
 気づいていないのか、気にしていないのか図りかねるが、彼は微かに笑みを浮かべて、
「まぁ、それならいいけど。でも、無理はしないでね」
 そんな風に柔らかい声音で言って、笑みを深くした。
「……心配してくれてありがと」
 相変わらず声音は無愛想なままだった。しかし、あまり面識もないのに気遣ってくれる彼は、もしかしたらいい人なのかも知れない。――今度はもう少し、愛想よくした方がいいかな。
 それを今すぐ示すことが出来ないのは、素っ気無く接してしまって気まずかったこともあったが、結局――ただのつまらない意地に違いなかった。



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