第115期 #6

壊れたラジオを傍らに

 六畳一間には何もない。テーブルもなければタンスもない。皆が持っているテレビもなければ、ゲーム機もなかった。
 それが祐樹の家だった。
 ただラジオはあった。
 毎日、家にいる父親と一緒にラジオを聞いて育った。4時の時報で始まるAM番組が好きで、祐樹は学校に行くようになってもその番組を聞き続けた。
 父親はFM派だった。しかしFM波はまわりの建物に遮蔽され、うまく入らないのが常だった。FMを聞くときは誰であろうと窓際に行き、ラジオを天井にかざすという儀式を必要とした。
 ある日、祐樹が学校から戻ると、父親がラジオを天井にかざしていた。
「もうすぐ4時だよ」
「ああ。だがスペシャルウィークだ」
「ずるいよ。約束したじゃん。家の手伝いしたら聞いていいって」
 祐樹は父親に飛びつき抗議した。と、その拍子に父親の手からラジオが落ちた。
 鈍い音がした後、つまみがずれノイズが響いた。父親はすぐにラジオを拾い、つまみをもどしたが、ノイズは止まなかった。
「困ったことになったぞ」
 父親の表情に祐樹は早くも涙を浮かべていた。怒られるにちがいない。そう思い、身を固くした。
 だが父親は委縮する祐樹をしばらく眺めた後、ふっと肩の力を抜いて言った。
「どうやら宇宙人のラジオ番組を受信してしまったみたいだ」
「え?」
 聞き返えすと、父親は大笑いでラジオを渡してきた。
「ほら、ピューピューいってるだろう? こりゃ、ピューピュー星人の番組だ」
 確かにノイズには強弱があり、何か喋っているようでもある。だが、どう考えたってウソだ。困惑の表情で父親を見ると、父親は祐樹の頭を撫でて言った。
「ラッキーだな。ピューピュー星人のラジオなんてそう聞けるもんじゃない」
「これってノイズでしょ?」
「聞く人が聞けばそうかもな、でも、こいつはピューピューラジオだ」
 父親のとぼけた口調に、祐樹はなんだか楽しくなってきた。そして本当にピューピュー星人のラジオを聴いているような気がしてきた。
 今度は祐樹がつまみを回してみた。
「これは、ぐりゅぅぴぴー星人ラジオ?」
「レアだな」
 父親の応えに悪ふざけはエスカレートしていった。ラジオは壊れてしまったけれど、とても楽しかった。

 やがて仕事から帰った母親に二人とも叱られたが、父親はピューピューラジオだと言い張った。終いには母親も笑い出した。

 翌日、新しいラジオを家族で買いに行った。だが、壊れたラジオは今も家にある。



Copyright © 2012 八海宵一 / 編集: 短編