第115期 #5

六畳一間のハウスロッカー

 弾けないギターのネックを握り、ツルコケモモに吠えてみる。
 うらぁぁぁぁぁぁ!
 小さな赤い実がちょっと揺れた。いいんでないの。今日は、なんだかいけそうだ。ギターをスタンドに戻し、油にまみれユニフォームを詰め込んだバックパックを背負って、家を出た。
 「1、2、3、」
 アパートの階段を駆け下り、自転車のスタンドを蹴り上げる。
 「15、16、17、」
 前かごにバックパックを突っ込んで、サドルにまたがった。
 「20秒ルール!」
 長時間地面に触れていると死んでしまうのだルール。
 ペダルを踏み込むと、車輪がキコキコ音を立てる。服にまみれた油を塗り込んでやりたいと毎度思う。自転車がスピードに乗ると、キコキコが正確なリズムを生み、脳味噌の中でオリジナルナンバーが流れ出す。
 ♪俺は下町少年 未だ大きな夢は見ないけんど
  廃屋の天辺で 見渡せる限りが 今僕の世界
  昨日川原の土手で 君を泣かせて 僕も家で泣いた
  だけど下町少年 いつか大きな夢が見れるから♪
 六畳一間のハウスロッカー。スリーコードが循環するこのナンバーは、まだ誰も聞いたことがない。
 加速して、加速して、キコキコがコキコキになったところで、急ブレーキ。ゴムタイヤが地面を削り、ブレーキの悲鳴が夜空に響いた。
 「ガソリン満タン!」
 「馬鹿言ってないで、早く、支度しろ」
 そりゃ、ないんでないの。
 弛んだ皮膚まで油がしみこんでいるおっさんに顔を背け、斜向かいのファミレスに目を向けた。ミニスカートの彼女は、今日もこっちに尻を向けてテーブルを磨いている。
 ガスボーイとウエイトレスの恋なら上手くいくだって?そんな馬鹿なこと言ってるから、旦那に自殺されるんだよ。あの子はこっちに気づきもしない。センスも将来も感じさせない小汚いおっさんと、無意味な会話を繰り返して、朝までやり過ごすのが関の山だ。
 「おっさん、俺、一抜けた」
 「馬鹿言ってないで、早くしろ」
 オリオンに向かって、俺は吠えてみる。
 うらぁぁぁぁぁぁ!
 三ツ星がちょっと揺れた。
 「早くしろ」





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