第115期 #3

11,38 レインボウランナー

 先の見えない社会に放り出された『私達』は、どこまで歩いていけばいいのだろう?
 そんな話を、いつかした。
 高校の……卒業式が終わって、下校中だった気がする。嗚咽と寒さで赤くなっていた、私の鼻をそっと触って、“後輩”はこう答えた。
『じゃあ先輩。毎年この日、一緒に走りましょう。晦鳴線の……レインボウライナーでしたっけ? あれ、仙田から小鶴青台まで、11分ぐらいで3kmのペースランに丁度いいんです』
 だから。
 もし私達が、地元を走る虹色の列車より、遅くしか走れなくなったら。それを「大人になった」証にして、子供時代を卒業しようと。
 そんな話を、いつかしたのだ。

「いくね、忍足」
 私の呟きは、3月頭の寒気に冷やされ、白く染まって空に消えた。
 現在、午後5時50分。太陽は彼方に沈み、僅かな赤さだけを、線路の向こうに見える水平線へ吐き出している。
 嗚呼、鉄のレールが震えている。
 虹色の列車が、仙田駅を出発すると同時に、私も地を蹴って線路沿いを走り出した。

「はっ、はっ」
 高校時代、陸上部で蓄えたスタミナは、年を追うごとに減っていった。私も今年で24歳。正直、しんどい。
 わざわざ代休を取って役所を休み、埃を被ったスニーカーの紐を締め、電車と並行して3kmを走る。
 何やってんだろ? と思う時はある。でも、欠かしたことはない。
 約束したから。たぶん、学生時代は好きだった、同性の後輩と。
 誓い合ったから。部でライバルだった、県内随一のエースランナーと。
 託されたから。去年、若くして癌で死んだ、たった一人の親友に。

『私きっと、先輩のことが好きでした。たぶん今も……。でも先輩は違う。好きに“なろう”としてただけ。だから行ってください。逃げるためじゃなく、進むために前へ』
 恋人でも理解者でもあった後輩は、そう言い残してこの世から消えた。
 あの生意気な横顔も、透き通った声も、二度と聞けない。
「忍足。私は」
 全て、後輩の言った通り。
 私は多感な思春期に耐えきれず、安易な逃げ道を見出していただけ。
 でも……
「私はまだ。まだ、走れるから!」
 それでも。止まれないのはなぜだろう?
 嗚呼。虹色の列車が、夜気を震わせて背後から追ってくる。
 私は最後の力を振り絞り、視界に入った小鶴青台駅を目指す。
 まだ、“大人”にはならずにすみそうだ。
 心の中で安堵すると、思い出の中の後輩は、困ったように首を傾げ、けれど笑った。




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