第115期 #3
先の見えない社会に放り出された『私達』は、どこまで歩いていけばいいのだろう?
そんな話を、いつかした。
高校の……卒業式が終わって、下校中だった気がする。嗚咽と寒さで赤くなっていた、私の鼻をそっと触って、“後輩”はこう答えた。
『じゃあ先輩。毎年この日、一緒に走りましょう。晦鳴線の……レインボウライナーでしたっけ? あれ、仙田から小鶴青台まで、11分ぐらいで3kmのペースランに丁度いいんです』
だから。
もし私達が、地元を走る虹色の列車より、遅くしか走れなくなったら。それを「大人になった」証にして、子供時代を卒業しようと。
そんな話を、いつかしたのだ。
「いくね、忍足」
私の呟きは、3月頭の寒気に冷やされ、白く染まって空に消えた。
現在、午後5時50分。太陽は彼方に沈み、僅かな赤さだけを、線路の向こうに見える水平線へ吐き出している。
嗚呼、鉄のレールが震えている。
虹色の列車が、仙田駅を出発すると同時に、私も地を蹴って線路沿いを走り出した。
「はっ、はっ」
高校時代、陸上部で蓄えたスタミナは、年を追うごとに減っていった。私も今年で24歳。正直、しんどい。
わざわざ代休を取って役所を休み、埃を被ったスニーカーの紐を締め、電車と並行して3kmを走る。
何やってんだろ? と思う時はある。でも、欠かしたことはない。
約束したから。たぶん、学生時代は好きだった、同性の後輩と。
誓い合ったから。部でライバルだった、県内随一のエースランナーと。
託されたから。去年、若くして癌で死んだ、たった一人の親友に。
『私きっと、先輩のことが好きでした。たぶん今も……。でも先輩は違う。好きに“なろう”としてただけ。だから行ってください。逃げるためじゃなく、進むために前へ』
恋人でも理解者でもあった後輩は、そう言い残してこの世から消えた。
あの生意気な横顔も、透き通った声も、二度と聞けない。
「忍足。私は」
全て、後輩の言った通り。
私は多感な思春期に耐えきれず、安易な逃げ道を見出していただけ。
でも……
「私はまだ。まだ、走れるから!」
それでも。止まれないのはなぜだろう?
嗚呼。虹色の列車が、夜気を震わせて背後から追ってくる。
私は最後の力を振り絞り、視界に入った小鶴青台駅を目指す。
まだ、“大人”にはならずにすみそうだ。
心の中で安堵すると、思い出の中の後輩は、困ったように首を傾げ、けれど笑った。