第115期 #14
『あなた、童貞でしょう?』
画面の中であられもない姿をさらした彼女はそう言って笑っている気がした。通知表に「5」をずらりと並べた女学生がするような笑顔だ。その声なき言葉にマウスを握る手が凍りつく。背筋をすうっと、イヤな汗が伝っていく。肝心のモノに至ってはもはや目もあてられない程に縮みあがり、まるでルネサンス期の高名な陶芸家が気まぐれで作り上げた箸置きの如きみすぼらしさだった。
それでもなお、ディスプレイの向こうの少女は無言で僕に訴え続ける。穏やかな微笑みを浮かべる口元が徐々に凶悪に吊り上がっていくような錯覚。その無垢な双眸が、僕の心の奥底を無遠慮にねめつける。やめろ。そんな風に微笑みかけるな。そんな目で僕を見るな。やめろ。やめろ――
「やめろッ!!」
そう叫ぶと同時、画面がスクリーンセーバーに切り替わり暗転する。漆黒の闇の中を跳び回るメーカーロゴをしばし呆けたように目で追った後、僕はようやく深い息をつき椅子の背にもたれかかった。
「くそっ!」
握りしめた拳を己の太ももに思いきり叩きつける。一体なんだって、よく知りもしない東方キャラのエロ画像スレなんて開いてしまったんだろう。一気に全身を倦怠感が襲う。いや、違う。倦怠感なんて生易しいものじゃない。身体を蝕まれるようなこの感覚は、そう、虚無感だ。丹念に焼き上げやっと食べ頃に焦げ目のついた特上の牛タンをふとした拍子に網の隙間から炭火の中に突き落としてしまったかのような虚無感。
無機質な蛍光灯の光を見つめながら自問する。どうしてこんなことになってしまったんだろう。確かに僕は童貞だ。だが時は平成、金さえあればそんなものいくらでも捨てられるではないか。それなのに、そんな安易な道に逃げた腰抜けでさえ童貞を卒業すれば一人前として讃えられ、あえて貞操を守っている僕は疎まれ、罵られる。理不尽だ。僕は戦わねばならない。社会の不条理と、飽食の時代と、僕を蔑む蒙昧な輩と、戦わねばならない。貞操を守り続けなければならない。正義の徒で、居続けなければならない。
未だ黒に染まったままの画面に映る僕の眼は今や、どこか遠い国で曇天の下、点呼を待つ囚人のそれではなかった。圧政の限りを尽くす帝国の軍勢にたった一人で挑むべく剣を掲げた革命家の眼だ。その瞳に宿る強い意思を確かめると、僕は聖剣を一閃するようにマウスを振るった。
視線と視線が交錯する。僕は静かに射精した。