第114期 #15
人はなぜ生きるのか考えながら大きく腕を振って歩いていると、「ごはん 豚汁 キャベツ お新香 おかわり無料!」と書かれたノボリが目に入った。そういえばとんかつなど久しく食べていなかった。何年も前、センター試験の前日に母親が揚げてくれたのが最後ではなかったか。良い匂いが鼻をくすぐる。道路を挟んだ向かいのカラオケボックスから花束を持った学生達が出てきた。卒業おめでとう。お疲れさま私。
千百八十円のロースカツ定食(上)を頼むと、まずガラスボウルに山盛りになったキャベツと、二種類のドレッシングが運ばれてきた。梅ドレッシングと特製ドレッシングで一瞬迷った後、店の名前を冠する理由があるのだろう、と考え特製ドレッシングの瓶に手を伸ばす。ドレッシングを左手で振りながら右手で銀のトングを持ち、キャベツを小皿に取る。キャベツだけではなく三つ葉も盛られていた。萌黄色の草原の中に、燃えるような深緑。乳白色のドレッシング。うまい。ドレッシング特有の鼻に来るきつさがなく、キャベツと本当によく合っている。うまい!
今度は梅ドレをかけてみようかと考えているととんかつが届いた。揚げたての衣は黄金の輝きを放っている。六つに切り分けられたその姿、ちょっとオーストラリアに似てるかもしれない。塩とわさびと醤油が入った三連皿、白米、豚汁も届いた。私は右端の一切れ(衣多め)を塩にチョンとつけて口に放り込んだ。噛むと脳髄にまで響く音! 同時に油と肉汁がジュワリと染み出し、塩と溶け合って……私は言いようのない幸福感に包まれる。揚げたてのとんかつは人を幸せにする。鶏のから揚げでもポテトでもいい。揚げたてはいつだって卑怯だ。
わさびでいただく。うまい。醤油でいただく。うまい。すりごまと一緒にソースでいただく。うまい。お新香は白菜とゆずのあっさりしたやつだ。豚汁はやさしいお味で、がっつく私を宥める。梅ドレッシングの突き抜けるような酸味と爽やかさが、私を次の一切れへと突き動かす。
全てを食べ終え、大きく息を吐いた後、私は「なるほど」と無意識に呟いた。なにがなるほどなのかはさっぱり分からないが、このとんかつには私になるほどと言わしめる力があったのだきっと。
また、誘惑に負けた。が、なんだかすがすがしい気分だった。私は靴紐を結びなおし、ぬるい春の夜の空気を切り裂くように、胸を張り、大きく腕を振ってウォーキングを再開した。