第114期 #12
原稿の〆切が迫っているが、中々思うように進まない。真っ白な原稿用紙の前で、無駄に費やした時間だけが溜まっていく。しかし時間は一向に鉛筆を進ませない。〆切の日を私の前に近づけてくるばかりだ。
外で盛の雄猫が鳴いている。三日前からうちに住み着き始めた白猫は構わず私の横隣の畳の上で丸くなっている。時折目を覚ましたかと思えば頭で私の左肘を小突いてなでろと急かす。頭をなでてやる。アゴ下をなでれば喉を鳴らす。右手の鉛筆は進まない。諦めて両手で抱いてやろうと腹の下に手を回せば嫌がって場所を移してまた眠りにつく。逃げ場を逃した私の右手は渋々また鉛筆を握って原稿用紙のマス目を持て余す。イジメっ子のようだ。通せんぼされたように焦らされるマス目。通せんぼする鉛筆。しかし通せんぼをしている鉛筆の方が、そこから動けなくなっている。
困っているとまた猫が体を私の膝に寄せていた。健康的であるが細身のために背骨が当たる。着々と〆切が迫ってくる。腹を上にして伸びをしている。そして直ぐにまた、頭をなでろと肘を小突くのであろう。
机上の鉛筆立てに入れていた裁鋏を右手で手に取る。猫の頭の上に持っていく。猫は気付くとゆっくり起き上がり、畳に爪を引っ掛けまた伸びをする。そしてちょこんと座って私の目を見つめた。
「僕を切って小説にするのかい?」
「そういうつもりでもない。ただ書けないだけだ」
「切られるのは嫌だな」
「私もいつか首を切られる」
「僕を切っても何もならないよ」
「星の粉になって消えるかな」
「そんなこと言って」
その気は無く、只小さな衝動で刃先を猫の首筋に当ててみた。すると身震いした猫と鋏が星の粉となり、宙で消えた。あっけにとられたが、猫の言っていた通り私は束の間の時間と鋏を一丁失っただけだった。