# | 題名 | 作者 | 文字数 |
---|---|---|---|
1 | 男友達 | りんね | 973 |
2 | 瑠璃色の死海駅 | 彼岸堂 | 1000 |
3 | 死のじゃんけん | チャッキー | 889 |
4 | じくにくぱ〜時給298円の現代社会〜 | みどり | 750 |
5 | オーラスペース | しろくま | 896 |
6 | 天竺語長虫塚 | 志保龍彦 | 985 |
7 | TATTOOあり/Number Girl | なゆら | 989 |
8 | 先生 | ロロ=キタカ | 1000 |
9 | 消えた子供たち | 三浦 | 1000 |
10 | まぬがれ | qbc | 1000 |
11 | 興行 | 高橋信也 | 744 |
12 | ミズナラメウロコタマフシ | 霧野楢人 | 1000 |
13 | 夜、石を投げる | よこねな | 1000 |
14 | 或犬の一生 | 伊吹羊迷 | 976 |
15 | 花 | euReka | 1000 |
「……あら、ヨウジじゃない」
「ナミ! 一人か?」
「ええ。ここに座れば?」
「ありがとう。えっと、オーダーしなきゃ。……すいません、ブレンドとモンブラン下さい」
「相変わらず好きね。甘い物」
「別にいいじゃん。今日は休日出勤で、なんだか疲れたし……」
「あら、それでスーツ姿なのね。大変ね」
「哀しい宮仕えの身だよ。……そういうナミこそ、こんな洒落た喫茶店で女が一人でお茶なんて淋しいよなぁ」
「別にいいじゃない」
「彼氏いない暦何年だっけ?」
「三年よ。ヨウジだって前の彼女と別れてからそれくらい経つでしょ」
「そうだよなぁ。でも、もうそういうことにピリオドを打つつもりなんだ」
「ピリオド?」
「……実は、俺、結婚しようと思ってるんだ」
「結婚!」
「先日、親戚に勧められて見合いをしたんだけど、相手の娘に気に入られて、俺も満更でもないかなと思って……」
「……そう、それはよかったわね」
「喜んでくれるか?」
「当たり前じゃない。ヨウジは大事な友達だもの」
「そうか。ありがとう」
「今度、相手の人を紹介してね」
「ああ」
「……はい、もしもし」
「ナミ? 私よ、エリカ」
「ああ、エリカ」
「聞いたわよ。ヨウジが見合い相手と結婚を考えてるって」
「らしいわね」
「らしいって、それでいいの?」
「……何が言いたいの?」
「あんた、本当はヨウジのことが好きなんじゃないの?」
「な、何言ってるの。馬鹿馬鹿しい。ヨウジのことはずっと友達として好きなだけよ」
「本当に?」
「そうよ。……じゃあ、夕食のカップ麺が延びるから切るね!」
「ちょっと、ナミってば……」
「……ってことは見合い相手が元彼とよりを戻して、ヨウジはふられたってことなの?」
「そうなんだよ、ナミ。デートの最中に野郎が来て、有無を言わせずに彼女をさらってったんだよ!」
「ドラマみたいね」
「感心するなよ!」
「でも、式の当日にやられるよりもましよ」
「あのなー」
「そんなに落ち込まないでよ。そうだ、新作のケーキでも食べましょう。私がおごるから。……すいませーん、キャラメルムースケーキ二つ下さい」
「ああ、女性不信になりそう」
「何言ってるの。女は彼女だけじゃないのよ。……ヨウジのことを想ってる物好きな人が、どこかにいるかもしれないじゃない」
「どこかに?」
「案外身近にいるかも」
「うーん、大体が人妻か彼氏持ちばかりだからな」
「……そのうち分かるわよ」
読んでいた詩集を閉じ、栞を挟むのと同時に、古ぼけた車内に澄んだ女性の声のアナウンスが響き渡る。
「次は『瑠璃色の死海駅』。『瑠璃色の死海駅』です。この駅を過ぎますと、終点『宵闇の果て駅』です」
窓の外を見ると、全てが瑠璃色の海に包まれた蒼く巨大な星に列車が迫っているのがわかる。文明の灯は一切見受けられず、星の子どもが放つ小さな黄金色の瞬きのみが灯らしい灯だった。
「あなたもここで降りますの?」
向かいの席に座っていた老淑女が微笑みながら話しかけてきたので、頷いてみせる。
私が乗った駅の次で乗り合わせ、ここまでずっと一緒だった彼女もどうやらここで降りるらしい。
「ここ、良い場所よねぇ」
夫も好きだったの。
と続けた老淑女のその瞳には、一億回の夜を前にしても褪せることのない思い出の輝きが窺えた。
列車が私達を置いていった島には、小さなやしの木と小さな駅舎のみが存在し、どの方向にも瑠璃色の水平線が広がるだけだった。
砂浜の方に歩み寄り海を見下ろしてみると、太古の文明が幾千の死と共に眠りについたその名残を見ることができる。
空には、刻まれた傷跡を数えられるぐらい巨大なエメラルドグリーンの月が浮かんでいる。この瑠璃色の海を作り出したあの月が、いずれこの星とキスをして崩れていくのだと思うと、何とも少女的だ。
私は詩集に挟んでいた栞を取り出す。
私と違って、紅く、強く、激しく人を想う輝きを放っている栞をぐっと握る。
「いい栞ねぇ」
老淑女が言う。
「……私には、少し勿体無かったです」
「大丈夫よ」
だって貴方は若いもの。
と続けた老淑女のその声が、私にとって何よりの励ましになったのは言うまでも無い。
息を吸って、吐いて。
最後の別れの言葉を告げながら、私は、紅い栞を瑠璃色の海に放った。
漣の音が聞こえてくる。
静寂が可視化されていく。
ここは、終わりが見える場所なのだ。
帰りの電車を待とうと駅舎に向かうも、老淑女の方は瑠璃色の海を眺めたまま戻る気配が一切ない。
私は彼女の真意をようやく知った。
老淑女が私の視線を感じてか、振り向いて微笑む。
「貴方は素敵な女性になるわ」
「貴方みたいに、なれますか?」
「あらやだ。私なんかより、ずっと素敵な女になれるわ」
だって貴方は愛されるべき人だもの。
と続けた老淑女の笑顔は、私がこれから追い続ける『幸せ』の終点なのだろう。
漣の音は、止まない。
目の前には黒い扉がある。
向こう側には俺とじゃんけんをする相手がいる。
お互い、『じゃんけんぽんっ』という掛け声で扉が上に開かれ、持っている武器で勝敗が決まる。
グーが鉄球、チョキが巨大ハサミ、パーが毒が染み込んだ布きれ。
負ければ鉄球で殴り殺されるか、巨大ハサミで刺し殺されるか、毒が染み込んだ布きれを被され毒殺される。
相手も人間。俺も人間。
これほど何を出すか迷うじゃんけんは他にないだろう・・・。
じゃんけんというゲームは心理戦。
普通に考えれば布きれを顔に被せるのがまだ気が楽だろう・・・。
ではパーか?
いや、相手も同じ事を考えているなら俺はチョキか?
刺し殺したくない・・・血は見たくない・・・でも死にたくない・・・。
相手がパーを出すとは限らない。
俺がパーを出すと読んで相手がチョキなら、俺はグーか?
殴り殺したくない・・・。
でも死にたくない・・・。
こんな恐怖感と緊張感が混ざり合ったじゃんけんは嫌だ。
究極の三択だ。
何を出せばいいのか分からなくなった。
よしっ、パーだっ!
これでいこう。
余計な事は考えるな。
俺は目を閉じて、ゆっくりと震える手で布きれを持った。
『じゃんけんぽんっ』
扉が開く音がした・・・。
俺はまだ目を開けていない。
『ん?妙に静かだ・・・勝ったのか?』
目の前には黒い扉がある。
向こう側には私とじゃんけんをする相手がいる。
人間は独りになると、とても弱い生き物になっていく。
集団になると、人間は人間ではなくなっていく。
結局は自分の事しか考えていないのだ。
こういう状況なら、尚更だ・・・。
自分の中で恐怖というものを勝手に作りだして怯えている。
目の前には存在しないものを見て動こうともせず、もがき苦しんでいる。
実際、恐怖というのは存在しないのに・・・。
人間という生き物は本当に哀れだな・・・。
私が負ける・・・というより死ぬことはない・・・。
私は何も持たずに扉の前に立った。
『じゃんけんぽんっ』
黒い扉が上に開いた。
相手は、やはり布切れを持って、恐怖で目を閉じている・・・。
哀れだな・・・。
私は静かに、そっと巨大ハサミを手に取った。
相手は人間・・・私は人間ではない・・・。
グサッ
完
バブル崩壊、リーマンショック、様々な世界恐慌により
現代の最低賃金は時給298円にまで落ちてしまった。
誰しも喜ぶであろう響き、「にーきゅっぱ」、だがしかし、
この現代社会においてこれほど辛い言葉はない。
どのような仕事でも最低賃金の決められたこの世の中。
肉体労働、デスクワーク、裏社会のヤクザのしのぎ合い、
たかだか一時間298円のために人類みな必死に働く、
誰がこんな世界を望んだのだろう、
どこの国のお偉いさんがこんな世界にしたのだろう。
誰も分からない、誰も悪くない、
そーやって全人類が現実逃避をし続け、
先頭に立って皆を引っ張っていかなければいけないはずの
政治家や総理大臣、はたまた大統領、
こいつらが誰かが誰かが精神でのうのうと
我が等だけ甘い汁吸うて国民やお国を
ほったらかしにした結果、このような世界に
陥ってしまったのだろう、
缶コーヒー片手に安煙草、
小汚い格好のえぇ歳こいたおっさんが、
本当なら楽をしないけないはずのおじいちゃん
おばあちゃんが、全人類皆働かされ、
保険も医療もままならない、
そして少子化高齢化、
こんな世の中誰も好くはずがない、
昔の人達は本当に幸せだっただろう。
バブルだバブルだと、自分中心に
なにもかもが上手くいっただろう、
だが今の若者は可哀想だ、煙草も高価、
やれ税金やれ税金、税を徴収するには
世に銭が回らんといけない、だが回る銭が
ない場合どうする、
高給取りの一銭ポリス、公務員、
世の中本当におかしい、
世のため人のために働いている
我々の職が何故低賃金なのか、
本当に筋の通らないこの社会に
私は鉛玉をぶち込みたい、
様々な会議に様々な党、
こいつらたいした仕事してへんのに
無駄に費用費用で食事会や無駄な会議を開きよって、
本当に時給298円まで落ち込まないと
本当の危機感を実感しないんだろう。
お疲れ様です。
公園に行くと子供達が集まっていた。小学生、中学生、高校生、入り交じっていた。ざわついている。机を囲んで話したりしている。どうしたんだと訊いてみた。
きょうね、オーラスペースが来るんだよ/なんだいそれは/大丈夫かな/ちゃんと寝てれば大丈夫だよ/危ない物なのかい/空間が前に移動するの/黒いスペース/空間?/起きてて落ちちゃうと戻れないの/だから寝てれば大丈夫なんだよ/私こわい/東から来る/夜くるの/宇宙がしわを寄せるの/恐そうだね/でもとてもきれいなの/赤い炎みたい/東から/壁みたいかな?/砂が走ってくるみたい/オーロラみたい/見たことあるの?/俺ある!/私まだ……/綺麗なら見たいな/でも危ないよ/落ちちゃうから/寝ていれば大丈夫だよ/東で見ちゃ駄目なの/ちゃんと寝ててオーラスペースが過ぎてから/西の窓から見ればいいの!
公園の外は、町は時間が止まっているように息を潜めていた。無機質にも見えた。ブロックのような形も窓も四角い家が並んでいる。道路も走る物は無い。必要の無い動かない信号はオブジェのように見えた。町に大人は僕一人のような気がした。
僕の部屋から一緒に見るかい、と訊いたら小学生達が行きたい! と言った。中学生達はどうする? とお互いの顔を見て伺っていた。高校生達は行かないと言った。七人の小学生達と二人の女の子の中学生が付いてきた。町はもう夕焼けに染まっていた。
部屋に布団を敷き、すぐに寝に入った。子供達はすんなりと眠りについていった。とても静かだった。家の中も外からも何も音は聞こえてこなかった。僕もゆっくりと、水の底へ沈んでいくように眠っていった。
音の無い気配。意を合わせたように僕も子供達も目を覚ました。何かが近づいてくる。僕は東の窓を開けた。子供達も窓の縁にくっ付いて外を伺った。中学生の二人も後ろから見ていた。真っ暗な闇の中を、横一杯に伸びた細く赤い帯がゆらめいていた。揺らぐ炎の先は黄にも紫にも見えた。ゆっくりこちらへ近づいていた。炎の向こうは何も見えなかった。
子供達もその炎の帯に見入っていた。オーラスペースは僕が今まで見てきた何物よりも美しかった。
とある峻厳な山の麓に、暗い大口を開けた洞窟があった。禁忌の地とされるその洞窟の奥には、黄金の甍をした白亜の屋敷が何処までも続く、長虫族の国があった。住人である長虫族は、上半分は人であり、下半分はぬらりと虹色に光る鱗に覆われた太い大蛇の体をしていた。彼等は黄金を護り、不老不死に近い寿命をもち、地下の王国で安穏と暮らしていた。
ある時、長虫族の姫の一人が、ホンの気紛れから、洞窟の外へと散歩に出かけた。退屈な日々に飽いて、刺激を求めてのことだった。黒絹の髪をそよ風に棚引かせながら、姫が山を這い進んでいると、ふと人間の気配がした。咄嗟に姫は大樹の上にスルスルと昇り、その人間を盗み見た。それは若い男だった。精悍な男で、引き締まった赤銅色の体は、俊敏な豹を思わせた。姫は一目で恋に落ちてしまった。自分の知る青白い王子達とは比べ物にならぬ程、その男は魅力的だったのだ。姫は思うが早いか、大樹から飛び降り、男の前に立ちはだかった。
肝を潰したのは男の方である。初めて観る長虫族の娘は、男が知るどの女よりも美しかったが、彼女の下半身が男を怯ませた。いくら美女と言えども、人ではないのだ。姫は男の気持ちになど気づかぬ様子で、歌うように愛を告げ、求婚した。男はこれを拒んだが、姫は諦めなかった。男がいくら拒絶を表しても無駄であった。困り果てた男だが、ふとあることを思いつき、求婚を受けた。喜ぶ姫に、男は結婚の条件を一つ付けた。それは、自分の村に伝わる風習に倣い、己の体に刺青を入れるというものだった。その刺青は夫婦の証を意味するのだ。
そして、二人は互いの体に朱の刺青を彫り、結婚をした。男と姫は一月交代で村と長虫国で暮らすようにした。最初は不承不承だった男も、段々と心が打ち解けていき、何時の間にか姫を愛するようになっていた。だが、結ばれてから一年後の夜、褥で姫が悲鳴を上げた。男が驚き飛び起きると、姫が二人になっていた。いや、もう一人は姫の抜け殻であった。姫は脱皮したのだ。そして、皮を脱ぎ去った姫の体にもう刺青はなかった。姫は男の前から去っていった。既に姫を愛していた男は己の愚を呪った。三日三晩嘆き悲しんだ後、男は姫の抜け殻を抱いたまま火の中に飛び込み死んでしまった。
村人は、その場所に塚を建て、男を弔った。
その塚の名は、長虫塚といい、今も村と山との境界に鎮座している。
TATTOOあり!
確かにある!臍の付近にある!俺は見たんだ!臍の付近に鬼のTATTOO!
やばい、さらにやばい、バリやばい。
知りたくなかった。
たしかに俺は彼女にTATTOOがあるかもしれないと思ってはいた。彼女の言動に鬼が見え隠れしている、と薄々気づいていた。ただ、信じたくなかった。彼女にTATTOOがないようにと願っていた。無惨にも、彼女に鬼のTATTOOは存在した。
彼女は別段はずかしげもなくそれを披露した。ごく自然に黒っぽいTシャツを脱ぎ、鬼をさらけだした。
彼女の下着姿はセクシーだったし、腰のくびれもなかなかのものだったけれど、俺は彼女を抱く気が失せた。透き通って見えるのだ。鬼を抱くわけにはいかない。
俺と反比例して彼女は抱かれたがっている。今にも下着も脱がんとしている。女だってそういう気持ちになると、と彼女は博多の言葉を使っている。もともとそちらの出身なのか、最近見た悪人という映画に影響を受けているのか、おそらく後者だろう。鬼が博多弁を使うなんて聞いたことがないから。
俺はさりげなくシャワーを浴びにいった。いったん落ち着こうと思った。SAPPUKEIな浴室で、熱いシャワーを浴びながら彼女を思った。俺の知っている彼女には愛嬌がある。愛くるしくてたまらない。今日だって、成り行きでホテルにやってきたわけだけれども、シャワーなど浴びず、野性的に抱きたい気分だった。TATTOOを見るまでは。
鬼と俺の関係を説明する。俺は先祖代々続く鬼狩りの家系にある。幼い頃から鬼を狩る方法を教えられてきた。じじい、おやじ、兄、みんな鬼を狩ってきた。俺も鬼を見つけたら狩らなければならない。掟を破ること、それはすなわち種族の危機につながると教えられてきた。俺はそれを信じて今日まで生きてきた。
シャワーを顔にあてて、考えている。彼女はシャワーを浴びようともせずに抱かれたがっていた。冬とはいえ、汗の匂いなど恥じらいはないのだろうか、いいや俺は彼女の汗の匂いすら愛するつもりだった。臨むところだ、と意気込んでいたはずだ。しかしTATTOO。彼女の中の鬼の血がそうさせるのかもしれない。そう考えると憎たらしくなってくる。幼い頃からの教育の成果とも言えた。かなしいようなうれしいような気分だった。
外から彼女の声が聞こえた。長くない?そんな丁寧に洗わんでもよかよ。
みなさん、俺はどうすれがよかと?
俺はシュガー先生が嫌いだ。何故なら何時もペンで俺の後頭部を叩くからだ。この前なんか箒で叩きよってからに。
「先生よ、ペンペンペンペン俺の後頭部を叩くのはよしてくれ」
「まあこれもペンの自由じゃて」
「ペンの自由じゃなくてペンの暴力だろ」
「怠け心を吹っ飛ばす」
「じゃあせめて箒では止めてくれない?」
「箒はスペイン語ではバレル、バレルバレル何でもバレル」
「って、しゃれかよ」
「この前机に座って居る時にそれやられて前歯かけちゃっただろ」
「君のは乳歯、乳歯、また生える」
「おいおい自分でやっといて、永久歯だよ」
「なに?永久歯となどれどれちょっくら見せてちょんまげ、ふむふむこれは軽い。こんなんで文句言っとったら、もっとひどく折れてしまうよ」
「程度の問題じゃねーよ」
「とにかくおまえうるさいんじゃよ。友達としゃべったり、元気に走って居たり、私には大変妬(ねた)ましかった」
結局シュガー先生との示談では、私をシルクロードの海外旅行へと連れて行ってくれると言う事で話がついた。先生は鐘を突く時だけ寺で勤務する、パートタイム鐘突きの仕事や、駐車場のシャッターの開け閉めだけをやる開閉業で教師の薄給を補って居る様だ。あと有料雪下ろし業もやっている。これは派手にうるさくやらないと働いて居ると見なされなくて大変だと何時もこぼしていた。開閉業は別にシャッターの開閉ぐらい自分でやるだろうが、歴史的にゆかりの深い場所なのだと、自分で開閉をやるとたたられるのだそうだ。そこで遠方まで交通費込みで雇われるのだが、最近は迷信を信じない人が多くて需要が少ないそうだ。
とにかく明日俺はシルクロードへと旅立つ。シュガー先生同伴だが、この条件だけは撤回させられなかった。シルクロードツアーを実現できただけでもよしとしよう。俺の胸は高鳴るが、何故か一抹の不安を消す事が出来ない。と言うのは先生の父は元下水王と呼ばれたキングみきひとであだ名は名前の「みき」からとって英語で「トランクス」と呼ばれて居たのだが、フリーザー親子をやっつけられずに無念の戦死を遂げて仕舞ったのだ。
その父君の無念が息子にたたり先生のおかしな行動につながっていると言うのが衆目の一致した見方となって定着して居た。
ある場合には先生の発案で私の家が呼鈴鳴らし大会の会場に何時の間にやらなって仕舞って居た。(次号続く、かもしれません。ご期待あれ)
塔を建てに幾百人が村外からやって来た。大半は金に困った労働者だったが、中に数十人の子供が交じっていた。
子供たちは三人ずつ一塊になって働き、屈強な労働者の脇をちょろちょろ駆け回った。それには冬が終わり春風が吹き抜けたような温かみがあった。
みんな子供たちを気に入っていたから、ある日、子供の数が一人足らないことにすぐに気がついた。しかし、始めからこの数だよと子供たちは口を揃えて言うのだった。そう言われ続けていると労働者たちもだんだんとそんな気がし始め、とうとう信じて疑わないようになった。するとまた一人消え、しかし同様のやり取りを経て何も無かったことになった。そうしてまた一人と減っていき、奇妙なことではあるが、子供の数が三人にまで減っても、始めからこうだったのだと労働者たちは思い込むのだった。
塔が完成し、労働者は晴れ晴れと引き揚げていった。三人の子供は村に残ることに決めた。
村には三家族が暮らしていた。子供たちは三手に分かれるとその家の子供になりすました。例の如く始めからそうであったかのように。
年がめぐり、子供たちは青年に姿を変えた。青年の二人は男、残る一人は女だった。二人の男は一人の女をめぐって争うようになった。
村の中央に聳える塔は度胸試しによく使われていた。各人手製の蝋の翼を負って、どこまで飛べるかを競うのだ。その結果次第で女を得る方を決める。そうなった。女の制止叶わず、男二人は仲良く翼を折って地面に叩きつけられた。二人死に、女は村を去ったが、村の者は始めから三人がいなかったように日々を送った。
戦争が起こり、村は大きくなった。そして長引くと、始めからこの大きさの町だったのだと思い込むようになった。
戦争が一段落すると、壊れた塔を修復しに市外から幾千人の労働者がやって来た。その中に数十名の老人が交じっていた。老人たちは三名ずつ一塊になって働いたが、屈強な労働者の脇で失態を繰り返し、現場ではいつも罵声が絶えなかった。全員老人たちを忌み嫌っていたから、老人が一人消えていることにまったく気がつかなかった。しかし、一人また一人と消え出すとさすがに気がついたが、それでも労働者たちは気がつかない振りを続けた。
塔の修復は頓挫した。戦争がまた始まったからだとも、幾千人の労働者が一夜にして消失にしたのだとも言われるが、本当のところは誰にもわからない。子供たちは消えたままだ。
1948年、戦争に負け3年が経っていた。私は13歳、新制中学に入学した年である。
当時、野師の父は仲間の葛西と組み函館市内で映画の巡業をしていた。
会場は寺の講堂、公民館、地区の集会場等であった。父は地元の顔役との興行権の交渉、巡業の立案計画、会場の確保等を仕切っていた。前座の演芸も担当し、漫談で笑わたり、タップダンスを踊っていた。
葛西は映画技師と弁士を務めた。占領米軍が放出した16?_映写機(ナトコ)とアメリカの喜劇映画フィルムを数巻を使い回していた。
神経症の兄と短慮の私は、宣伝と木戸を受け持った。分け前を巡り父は葛西と何度も揉めた。
結局、水揚げから上納金と会場費を差し引き、父50?l、葛西33?l、兄と私が17?lで落ち着いた。私達の取り分17?lは父か吸い上げた。
葛西は父を[兄貴]とよんでいた。父も葛西も露店での[啖呵売]が本職であり、人心掌握に長けていた。笑いの壷を心得ていた。
私の敬愛る兄は、神経症のため通学経験はなかった。私は興行が夕方からなので、放課後会場に直行した。
担当の宣伝は、兄と二人でメガホンで近隣に、会場と当日の出し物を触れて回った。興行の成否は私達の客寄せにかかっていた。
木戸には時々、仁義も知らぬ下衆野郎が現れ強請をかけた。父や葛西を煩わすことなく、私が撃退した。足を棒にして客寄せする苦労を虚仮にする不当が許せなかった。上納の見返りに地元顔役が送った配下がいた。いざとなれば、裁いてくれる筈である。しかし私の強気は,加勢を期待しての虚勢ではなかった。道理に外れたことは許せなかった。
市内で入場料の安い映画館がいくつか現れ、映画興行は1年程で終わった。父は葛西と訣別し演芸興行を興したが失敗であった。
〜了〜
大きく膨れた妻の腹の中で何かが動いたらしく、そのことを聞いた僕の脳裏には、蘇る記憶があった。
あの日も寒さの厳しい朝だった気がする。中学校へ向かう通学路の途中で見つけたそれを、僕ははじめ、これは実か、花の名残か、あるいは花の冬芽なのかな、と首をかしげながら思いを巡らした。枝先でそれは、無数の鱗が重なったような姿で、他の芽よりも飛びぬけて大きく太り、僕の目に向けて自己主張をしていた。
「寄生されてるんだよ。虫にさ」
隣にいたアイツはとにかく物知りで、人にものを教える時は、あからさまに得意げな声を出す奴だった。
僕は不機嫌になる。彼の言い方も気に食わなかったが、自分の想像を裏切るような解説も気に入らなかったのだ。だから敢えてそっけなく相槌を打って、僕はそのまま通学路を再び歩き始めたのだが、その日はずっと、あの芽のことばかりが勝手に頭に浮かんできた。
そうして帰り道、僕は一人で、こっそりとあの芽をちぎって持ち帰るのだった。自室に閉じこもって、僕は「怖いもの見たさ」というもので鼓動を狂わせながら、鱗を一枚一枚剥いでいった。だがやがて、鱗の下に硬い殻があることに気づき、もどかしくなって、最後はカッターナイフで切断した。中から出たのは白いデブの芋虫だった。
それはある種のカタルシスだった。木の中から出てきた、全く別の生き物の不気味さが、秘密を知ってしまった背徳感と渦を巻いて、何とも言えない快感が僕の中でわき上がる。しかしまもなく、僕は取り返しのつかないことをしてしまったことに気づいた。この芋虫は、きっと死ぬだろう。木の芽を殺して生きていた芋虫を、僕は生産性もなく殺すのだ。その芋虫をどうしたかは、もうわからないのだが、刹那息が苦しくなったことだけは覚えている。
翌日、僕はアイツと目を合わせることができなかった。「見たぜ。あの芽ちぎったの、お前だろ」と言われ、僕は逃げ出したのだった。
「ねぇ、お散歩に行かない?」
妻は僕に言った。
「今日はやめとこう」
僕は反射的に答える。
街路樹を窓からのぞきながら、僕は背後の妻が腹をさする乾いた音に戦慄していた。
「……そっとしておいてくれ」
自分のうめき声が耳に痛い。
それは恐ろしい予感だった。蘇った記憶を、僕はあてつけのように激しく怨んだ。しかしもう遅かった。今までの違和感を、僕はもう無視することができなくなっていたのだ。
腹の中にいるのが誰の子なのか、僕は知らなかった。
件名:池、石、音
本分:夜、凍った池に石を投げると面白いことになりますよ。今年もそういうシーズンになりました。
二月に入り、今年初めて池全体に氷が張った日、職場のアドレスにこんなメールが届いていた。差出人は仕事で何度か顔を合わせたことのある男だ。誰とでも初対面から打ち解けそうな、大らかな笑顔が思い浮かぶ。
その夜、明け方までかかると覚悟していた仕事が予想外に早く片付いた。前夜の失敗を取り返すような高効率で精度の良いデータが取れたのだ。ささやかな成功と深夜の無意味なテンションに浮かれ、いそいそと荷物をまとめた。とうに日付も変わり、十三夜の月が西に大きく傾いている。何だか知らないが、池に石を投げるには絶好の晩だ。帰路から少し脇に逸れた場所には、大きな溜め池がある。
月は傾きながらも皓々と辺りを照らし、ひとり歩く私の影を長くくっきりと、霜で輝く草地に落としていた。日暮れからずっと雲ひとつない快晴だった。放射冷却によって地表はすっかり冷え込み、しんと静まりかえっている。時折遠くの人里で犬の吠える声だけが、向こうの山にこだまして響いてくる。
目的の山道へ分け入ったところで、池の縁に十人余りの人影が見えた。
―――この真冬の夜中に、こんなところで集会か?
訝りながらも近付いてみると、先客達は特に集う様子でもなく、それぞれに立って池を眺めたり、腰をおろして休んだり、しゃがみ込んで地面を探ったりしている。中には連れ同士らしいのもいるが、彼らとて話もせず黙ってただ連れ立っており、これだけの人が居ながら、山の夜のひっそりとした空気が保たれている。
と、しゃがんでいた一人が、立ちあがり一歩池の縁に進み出て、拾い上げた石を投げた。全員が耳を澄ましたのが分かった。
一瞬の間を置いて、硬い衝突音を予期した私の耳に、意外なほどユーモラスな、かつ美しい音色が届いた。氷の振動がその下の水面と共鳴するのだろう。しんとした夜空に軽やかな余韻を響かせて、石礫は氷の上を跳ね、転がった。
合点が行った。皆思い思いにこの音を聴きに来ているのだ。知らなければ思いもよらないだろう。聴けばすぐにわかる。この愉快な音は、冬の冷たい静けさの中に響いてこそ価値があるのだ。
私は人々が投げる石の音を聴き、また自ら数個の石ころを拾っては投げ、挨拶もせず立ち去った。
帰宅後、そういえばメールを寄越した男はいなかったな、とふと思った。
モップは犬である。横山家で飼われているプーリーである。
モップは自分の名前が、掃除用具に姿が似ているところから来たということを知っている。しかしそれを不快に思ったことは無い。横山家の人々は彼を呼ぶ時、きちんと「モ」にアクセントを置いてくれるからである。我ながらよく似ているものだとも思っている。
もちろん、彼のその掃除用具然とした体毛は飾りではない。ただ家の中を歩くだけで、いつの間にか腹の下がホコリと髪の毛だらけになる。横山家の人々はそれを喜んだ。彼の毛に絡まったゴミを捨てるだけで掃除が終わるからだ。モップがわざと廊下の端の方を歩いたり、部屋の隅で腹ばいになるのはこのためである。
横山家には高校生の姉と中学生の弟がいた。散歩には大体この二人が連れて行ってくれた。姉の方はなるべく散歩を早く終わらせようとするから少し嫌だった。特に冬はその傾向が強くなった。しかし散歩終わりのブラッシングを丁寧にしてくれるのは姉の方であった。散歩に行くと腹が砂にまみれてしまうのだ。彼女は、モップにしか聞こえない声でゆっくりと語りかけながら、一本一本の毛を慈しむように梳いてくれた。
弟の方はと言うと、気分次第ではあるが、見たことも無いほど遠いところへ連れて行ってくれることがあった。モップはその大きな川沿いの土手で、次第に暗くなり始めた空の、藍色と橙色の間に向かって、小さくではあるが鋭く、一つ、吼えた。なんだか二度と家に帰れないような気がして不安になったのだ。なんだか大事なものをどこかに置き忘れたような気がして吼えずにはいられなかったのだ。リードを握る手に力がこもった。きっと同じ気持ちだったのだろう。二人は何かにせきたてられるように、走って家に帰った。
月日は流れ、二人の子供は巣立っていった。モップはいつからか、食事を残すようになった。前のように、廊下の端を歩くこともなくなった。一日のほとんどを、リビングの隅でまどろんで過ごすようになった。
彼はとろとろと眠りながら、鳥になることを考えたり、魚になることを考えたり、蝶になることを考えては、何かと理由をつけて打ち消した。最後に犬になることを考えた。悪くない、と思えた。いいじゃないか、もう一度くらい。
彼は静かに息を吸い、ぶるっ、と震えたあと、動かなくなった。横山家に来てから、十四年目のことであった。
死んだ町にサンタクロースがやって来た。クリスマスはとっくに過ぎていたし、町を流れる川の護岸には、真っ赤な彼岸花が揺れていた。
「こんにちは」
とサンタクロースが挨拶をすると、道を歩いてきた手押し車の老人は耳が遠いせいか、赤白の派手な衣装を着たサンタクロースを振り向きもせず、一定の速度を保つ回転寿司のように一本道を通り過ぎていくのだった。
サンタクロースは何時間も町を歩き回ったが、とにかく人の姿を見つけるのが大変だった。広い畑でクワを振るう農夫に大声で叫んでも、干した布団を叩く奥さんに挨拶しても、まるで夢の続きを眺めているような、重く沈みそうな視線を返してくるだけだった。
「とてもきれいな紫陽花ですね。緑色の紫陽花なんて、初めて見ましたよ」
大きな袋を背負ったサンタクロースは背中の重みを確かめるように体を揺らすと、後ろ姿でサヨナラを言ってその場を去るしかなかった。
死んだ町の中心に近づくと、通りに面した植え込みに咲いた向日葵の大輪が、場違いなサンタクロースを見下ろすように正午の影を落としていた。
サンタクロースは、郵便局や農協の隣にある“ふれあいマート”でシャケ弁当を買った。買い物カゴの中で茶虎の子猫がクークーと眠っていたが、決して起こさないようにシャケ弁とお茶をカゴに入れ、何事もなかったようにレジへ向かった。しかし店内にはBGMもなく、レジには岩山のようなゴリラが、淡い水色の制服を着て立っている。あるいは着ぐるみかもしれないが、だとしたら僕の同業者だな、とサンタクロースは思った。
「メリークリスマス」
とサンタクロースは言うと、バーコードの精算を済ませたゴリラにプレゼントを渡した。
「そう睨むなよ。僕だってつらいんだ」
サンタクロースは店を出ると、今日来た道を引き返すように歩き始めた。
よく町並みを眺めると、桜の蕾が膨らみ始めている。
花見にはまだ早いが、桜でも見ながら弁当でも食おうかとサンタクロースは思い公園へ入ると、長い首に包帯を巻いた女子学生が、ブランコを力無く揺らしながら、尼さんのように禿げ上がった頭を限りなく地面へ垂らしていた。首が融けているのだ。
サンタクロースは彼女の禿げ頭が地面に落ちる前に、なんとか受け止めるだけで腕が折れそうになった。
「メリークリスマス。君を助けに来たよ」
彼女は融け落ちた空気に向かって腕を伸ばした。
「じゃあ私と一緒に、死んでくれるの?」