第112期 #3

自分の髪の毛で作られたクモの巣から動けなくなっても、情熱があれば苦境を乗り越えて

目覚める瞬間、背中が強く引っぱられる痛みを感じた。
あたしはパジャマのまま、空に浮いていた。ベッドが下にある。あたしの部屋はこんなにもきたなかったのかと、まず思った。ゴミだらけじゃないか。32にもなってこんな部屋で生活しているから、髪が伸びる速度が増したのかもしれない。
そうだ昨日、髪の伸びる速度が急に増してきて、途方に暮れて眠ったことを思い出した瞬間、自分が浮いているのではないと思った。だからベッドが下にあって、部屋のきたなさが気になっている。
たしかに浮いていた。
あたしは蜘蛛の巣にひっかかって空に浮いていた。
蜘蛛の巣はあたしの髪の毛でできている。蜘蛛の巣のもとをたどっていけばあたしにたどり着く。すなわちあたしが巣に引っかかった獲物を食うべき存在、しかしひっかかっているのはあたし。あたしは自分で自分を食うわけか。
そんなわけにはいかない!
共食いよりもたちが悪い。だいたいどうやって食えばいいのかしらない。学校では教えてもらっていない。子ども電話相談室の文字が頭に浮かんだけれどもすぐにかき消した。どうせ、年齢制限で受け付けないに決まっている。つい昨日あたしは髪の伸びる速度について相談しようとし、まるで相手にしなかった子ども電話相談室に幻滅したところだったファック!
だいたい、あたしは食べられたくない。まだしたいことがたくさんある。なめこを育てたい。床中覆い尽くすぐらいのなめこがちゃんと一人前になるまで育てたい。育てる義務がある。あたしにはなめこを育てなければならない責任がある。
なんとか逃げ出そう。あたしならできる。あんたはやればできる子なんだからと昔からよく言われていた。それを信じて今まで生きてきた。自分の髪でできた蜘蛛の巣なんてあっさりと抜け出してやろうと思った。
情熱だ。
この世で一番大切なものは情熱だった。あたしはそれを言い切ることができる。情熱で人は変わるし、人が変われば世界が変わる。あたしは自分の中のまだ目覚めていない情熱の扉をノックした。軽快なリズムでノック音が響いた。なかなか悪くない。悪くない感覚だった。これオンリーでいきたい、このコードオンリーであたしはかき鳴らしたい。轟音が遅れて聞こえてきた。蜘蛛の巣は燃えはじめた。あたしの髪は燃えはじめた。ごうごうと音を立てた。気づいたらあたしはベリーショートの乙女だった。



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