第111期 #14
遠くぎざぎざ命の近く。
影絵だとしても。
まぶしさにめをつぶってしまっても。
いち、にい、さん、しい、ごお、ろく、なな、はち、きゅう、じゅう。
少女達は大きく声を出して元気よく立ち上がる。
母は女の子が大好きで、おなかを痛めて一人で十人の娘を産んだ。野球チームが出来てひとりあまる。
(影絵としての十字路。教会でみんな引き裂かれて。ステンドグラス見えなくなって)
だから少女は誰にも知られずに、ひとり、アスファルトに立ち、おおかみのマスクを被った。
「おなかのお肉が大好きさ。人が捨ててしまうものが大好きさ」
ひとにはならない。
やみにかくれていきる。
影絵、コズミックブルースを歌う。
「おなかのお肉が大好きさ。フィストファックが大好きさ。命の、命の近くさ。鼓動を、感じているのさ」
おんなのこにこんなことやられてこうふんしてるんだろ? かんじてるんだろ? いきそうなんだろ? ほらいっちゃえよ、ひじまではいってるよ。
うたはうわすべりしてしまう。
かんかくはうわすべりしてしまう。
くちをもぐもぐとうごかす。
夏に滴り落ちるアスファルトに蒸発する命の味。
いのちがとおりすぎてしまう。
「そりゃあそうさね。おまえが食べた命はゴムの塊だからね」
「本当だ」
全ての、全てのすべての、世界中全ての、おまえの、すべてのモニターに映し出されるゴムの分子式。
「本当だ」
少女は泣き出してしまった。そして急いで口からゴムの塊を取り出し、ジャムで真っ赤な唇を噛みしめながら、ゴムの塊を、倒れているゴム人間のおなかに集めてもどす。
「泣かないで。泣かないで。僕のおなかは大丈夫だから。だから泣かないで」
ゴム人間の歌はとてもうまかった。少女はもっと泣いた。ゴム人間の歌はとてもうまかった。
なぜならば、ゴム人間の歌は、すりきれたカセットテープだったから。
少女は泣き続けた。
野球は結局十人制に戻った。十人揃ってビルの屋上に立つ。
ヒムル・イルソンズ。アータバーヤ。ボッデガ・ヴェネガ。ショーターコター。ひらひら。ぎざぎざ。ちくちく。やわらか。色鮮やかなユニフォームを身にまとって。
まっすぐに拍手喝さい。スポットライト。少女たちは歩き続け、ビルの屋上から落ちていく。そう、それが十秒後の世界。そして再び十秒後の世界。
そりゃあそうさね。
なぜならば。
なぜなら、おんなはおんなになるのではなく、おんなにうまれるのだから。