第111期 #13

フクシマ・福島・ふくしま

“命に住所なんてない!”と思いつめた言葉を吐き出したあと、福島から九州へ避難したその友人から、私の携帯にメールが送られてくるのだった。
「最近ね、夕食の前に旦那とワインを飲むの。もちろんお金もないし、ぜんぜん安いワインなんだけどね。1日に1回だけでも、平和を噛みしめる時間ていうのかな――今はそういう儀式みたいなものが、とても大切に思えるの」
「Re:そっか。日常って意味のない儀式の積み重ねみたいなものだしね。でも今の福島には、意味の無いものなんて何もないんだよね。空気にも水にも、真っ赤な夕日にさえ何か意味があるの」
 私のダンナは東電の社員だからあの事故からずっとフクイチで戦っていて、その運命の震源地みたいなものが、現実のあれこれを考える上での起点になっていて、
「Re:Re:別に、あんたの旦那に責任があるわけじゃないのにね。あとさ、福島の人間はもっと放射能のこと自覚しろよとか平気でいうけどさ、ある日突然、自分たちがずっと暮らしていた場所に死の灰なんかばらまかれたらさ、誰だって迷子になるでしょ」
 まるで右も左も分からない、赤ん坊みたいなものかもね。
「Re:Re:Re:じつはね、私今妊娠してるの。でも福島で子どもを産むなんて、正気じゃないよね。でも私、産みたいと思っている」
 別にダンナがフクイチで戦っているからとか、そういう義務感に囚われている訳じゃないの。
「私ね、今この場所でちゃんと生きてるんだってことを誰かに証明したい。ここには以前と変わらない家族の顔がならんでいて、ここにはちゃんと体温を持った人間がいて、毎日泣いたり笑ったりしているんだってことを誰かに伝えたい」

 それから何週間も待ったけれど、九州の友人から返信はなかった。私はたぶん狂っているのだろう。現実が見えていないのだろう。
“こんなママでごめんね。だけど君はなぜ私のお腹をえらんだの? 私でなきゃいけない理由が、君にはあるのね”
 私のダンナはたまに休暇をもらって、フクイチの現場から60kmほど離れた避難先のアパートに帰ってくる。彼はとくに疲れた素振りは見せないけれど、少しだけ若白髪の数が増えたような気がした。
“二兎追うものは一兎も得ず”
 彼は私の膨らんだお腹に手を当てながら呪文を唱える。
“底辺×高さ÷2”
 それ何の呪文なの?
“三角形の面積”
 ピンポーン。宅配便だ。
 九州に避難してる友人から、野菜や米がどっさり届いた。



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