# | 題名 | 作者 | 文字数 |
---|---|---|---|
1 | 大人の階段 | 伊藤 知得 | 1000 |
2 | 予感 | 万梨衣 | 725 |
3 | やさしさは世界を、魂を救うだろう | なゆら | 420 |
4 | レストランにて | しろくま | 300 |
5 | ナマステ・インディア | こるく | 1000 |
6 | 二人だけの水 | 青井鳥人(あおい とりひと) | 993 |
7 | いつかまた会いましょう | 香椎むく | 987 |
8 | 窓の霜が融けるまで | 霧野楢人 | 1000 |
9 | 5時36分 | 横山元 | 990 |
10 | 二人の立春(はる) | おひるねX | 142 |
11 | 日記 | ロロ=キタカ | 807 |
12 | ぱられろワールド | 伊吹羊迷 | 1000 |
13 | 一文字小説大賞選考結果発表 | えぬじぃ | 1000 |
14 | 『木偶街道四号線を北へ』 | 吉川楡井 | 1000 |
15 | ねこぢから | うころもち | 977 |
16 | 質問 | euReka | 994 |
一ヶ月に一回しかないチャンスをまた健二が潰した。
父に月一度しか会えない理由を僕は、おかんとの仲が良くないのが原因と僕はわかっている。
父に悟られまいと演技をする僕を尻目に、健二は悠長に
「仕事忙しい期間が早く終わったらいいのにね」
と、いつもの喘息で急遽入院したベットの上でニコニコしている。
もともと今日はUSJに行く予定で、僕は僕なりに、友達に自慢したり、乗り物に乗る順番を考えたり、帰りのご飯をどこで食べるかなど、段取りをしていたのだ。
それがそれが。
「おにぃちゃんごめんね。」と今年三度目のチャンスを潰した健二は、申し訳なさそうに僕を見つめる。
大西先生が三度同じことをするのは馬鹿のすることだと、言ってたので
「おい、馬鹿。もう家かえってくんなよ」と言った刹那
ゴン
と強い衝撃と共に、痛みがじんわりズキズキと伝わってきた
「憲一、なんて事言うんだ」
父が、顔を真っ赤にして怒っていた。
「そうよ、可愛い弟さんにそれは言い過ぎよ」
隣でテレビをみていた知らないおばぁちゃんにもいうわれた。
なんだよ。
俺が悪いのかよ。僕は一度しか悪いことをしてないじゃないか、健二は三回も悪いことをしてるのに。
知らない人にも怒られる。一ヶ月に一度しか会えない父にも怒られる。
本当は今頃ジュラシックパークに乗ってるはずだったんだ。
なのに。なのに。
あまりに不条理で僕は、涙を流すのを堪えながら病室を出て、廊下の緑の線をじっとみつめながらロビーの方向に歩いた。
ロビーにつくと、自販機でさっちゃんにお土産を買うためにおいてた500円玉を取り出し、オレンジジュースを買った。
ロビーで一人。オレンジジュースを飲みながら、涙をグッと堪えてる。
父が来て、兄だからと言う説教をしてくるのか。
健二が来て、再度謝ってくるのか。
どちらにしても、悪くない僕が謝罪をしないと、この一件に終リがないことを、僕は少しながらわかっている。
オレンジジュースを飲み干し、なかなか来ない父か健二に待ちくたびれた僕は、もう一度自販機で、オレンジジュースを買った。
右手にオレンジジュースを持ち、頭の中で予行練習
「ごめんな、健二。」とオレンジジュースを笑顔で渡し、この一件を兄として、大人の対応として終わりにしたかったのだ。
廊下を歩き、「前川 健二」と書かれた部屋の前で深呼吸。
ガラガラガラ
扉の向こうの景色は、衝撃だった。
健二と父は、僕のことなど心配も関心もなくトランプをしていた。
拓水の姿を見たとき、有稀は気が狂うかと思った。 大袈裟な言い方だが、それほどその瞬間の有稀の心情を表す言葉は、ない。
別れた当初は心の中で何度も会いたいと願った相手なのに、実際にその姿を目の当たりにして有稀はその場から逃げ出したい衝動に駆られ、ひどく戸惑っていた。
しかも、よりによってこんなところで会うなんて!
二人の、二年ぶりの再会の場は産婦人科クリニックだった。
どうしてこんなところに拓水が?
有稀の胸はざわついた。
有稀と拓水は三年と少し、付き合った。お互いに結婚を視野に入れての付き合いではあったのだが、あるとき些細なことから二人の間に亀裂が入った。
末っ子気質同士の二人だったから、互いに譲ることを知らずに最終的には別れを選んだ。
本当に有稀は拓水を愛していたのに。
いや、愛していたのだろうか?
恋愛の終わり、というのは痛みを伴うものである。苦しくて堪らない日々が続く。そんなとき有稀は思ったものだ。
私は拓水の知らない私になる為に、赤ん坊が生まれるが如く新しく生まれ変わっていく…新しい自分を生み出すからこその痛みなのだ。生々しい傷も癒される日まで耐えなければならないのだと。
不意に目の前の診察室の扉が開いて、有稀は全てを悟った…いや、そうであろうという予感は拓水に気付いた時点であったのだが、認めるのが怖かった。
小柄なその女性は拓水に駈け寄るとそっと耳打ちをした。横顔は嬉しさからか上気しているようだった。
「谷川有稀さん」
看護師に名前を呼ばれ、有稀は長椅子から立ち上がった。
反射的に拓水がこちらへ顔を向ける。
有稀は二人に向けて深々と頭を下げた。
子宮頸がんの治療はまだまだ続いていく。
手下「ボス、できました!台本できました!読んでみてください!!」
犯:どうもごめんください
婆:なんじゃあんたは誰じゃね?
犯:おばあちゃんどうもこんにちは、わたくしはですね、孫でございますよ、忘れましたか?
婆:孝介かい?ちょっと違う気がするが、
犯:おばあちゃんたらまったく、忘れっぽいんだから。孝介ただいま帰ってきましたよ
婆:あらあら、よく帰ってきたねえ、で孝介の耳はどうしてそんなに大きいんだい?
犯:それはね、おばあちゃんの声をよーく聞くためですよ
婆:じゃあ、孝介の目はどうしてそんなに大きいんだい?
犯:それはね、おばあちゃんの顔をよーく見るためですよ
婆:じゃあ、孝介の口はどうしてそんなに大きいんだい?
犯:それはね、おばあちゃんの定額給付金をもらって、特大のハンバーガー、メガマックを一口で食べるためだよ
婆:それなら、振り込んでおくから口座名義を教えな孝介
犯:しめしめ
ボス「却下、そもそも時代錯誤だし、ちゅうかお前この世界向いてないと思う」
吐き出された煙が龍と化す。
宙を横滑り、本を読む青年の鼻腔に入り込む。
臭い。青年、ムッとする。煙草を持つ男が目に入る。その右手からひょうひょうと狼煙、立ち昇る。
男、また煙を吐き出す。すかさず青年、扇風機を取り出す。スイッチを入れ、龍に向けて疾風を放つ。風に乗せられた龍、向かい側でくつろぐOLのもとへ。彼女も扇風機を優雅に取り出しスイッチを入れる。店主もここぞとばかりに扇風機を抱える。祭りだと喜ぶ風神が風袋を開く。四方から風が送られる。
逃げ場を失った龍が空へと昇る。上昇気流、男の頭上に暗雲が現れる。雷鳴と共に雨が降り出し、男と煙草をぐしゃぐしゃにした。
一件落着。風神と雷神が笑っている。
始まりは、些細な変化だった。ある日を境に、駅に見知らぬ国の人々が増え、異国の言葉が飛び交うようになった。仕事帰り、その光景を不思議に思いぼんやり眺めていると、通り過がりの婆さんが僕に言った。
「あれはインド人だよ。遂に来たのさ」
それからの変化は、実に劇的だった。何の変哲もない郊外のベッドタウンだったこの町に、インド人たちは急激に増え続け、気が付けばどこを見渡してもインド人という有り様になった。また、どこから連れてきたのか牛も野放しにされ、道路を悠然と闊歩するようになり車で移動するにも一苦労となった。近所の農家の旦那は地団駄を踏みながら言った。
「あれはうちの牛だ。インド人たちが勝手に逃がしやがった。あいつら、数が多くてこっちは太刀打ちできねえんだ」
町中がターメリックの匂いに包まれ、風がサフランの色を帯びるようになると、我々原住民は遂に徒党を組んだ。インド人対抗戦線の誕生である。我々はあらゆる手(町中の香辛料に大量の砂糖を混ぜたり、牛肉加工センターを町のど真ん中に誘致することを計画したり)を使い、インド人の侵攻を防ごうと躍起になった。
しかし、その頃になるとこの奇妙な現象をマスコミが面白おかしく取り上げるようになり、この町はインドタウンとして大々的に有名になるに至った。すると、インドに魅せられた若者たちが多く詰め掛け、町には安宿が軒を連ねるようになった。その安宿には、バックパッカーもどきの浮浪者や、時代遅れのヒッピーが集まり、LSDを貪るようになる。更には、その薬を食い物にした密売人が集まり、彼らは自分たちの縄張りを脅かす我々インド人対抗戦線に対し、警鐘を鳴らすようになった。
そして、第五十九回の定例会議でついにインド人対抗戦線リーダーである元町長は宣言した。
「我々の完敗だ、インド人にこの街を明け渡そう……」
こうして、我々はインド人に敗北したのであった。それはインド人達の侵攻からわずか、一年ほどの出来事であった。
町を去る日、変わりきった町を前に我々は肩を落とし、お互いに慰めあった。そんな我々の元に何も知らないインド人の少女が一人、近付いてきた。咄嗟に身構えるインド人対抗戦線。しかし、その少女は我々の行動と反して、満面の笑みを浮かべるとこう一言、言い放ったのであった。
「ナマステ・インディア!」
嗚呼、そんな馬鹿な話があるか。決してここはインドなどではないのだ。
ランドセルの中で筆箱が踊る。
「健ちゃん! 待ってったらー! そんなに急いでどうするのよ!」
「ほらいそいで! 貯水池まで競走だ!」
「待って! 待ってったらー!」
二人だけの秘密の場所。学校が終わると毎日その貯水池に向かう。もちろん、入り口には「立ち入り禁止」の札が下がってる。でも金網の一部が外れてて、子供一人がなんとか入れる隙間があるんだ。
「真里、いそいで!」
真里を先に行かせる。真里の体を押そうとした時、近づいた真里の体から不思議な、いい匂いがした。
「健ちゃん、かくれんぼしようよ!」
「かくれんぼ? そんなの、面白くないよ、二人でやったらすぐに終わっちゃうだろう?」
「じゃあ、新しいかくれんぼ。二人で鬼をやって、二人で隠れるの。どう?」
「はあ? それのどこが面白いんだよ?」
「いいからいいから! ほら、やるわよ!」
真里は今日、何だかおかしい。
でもだんだんかくれんぼが楽しくなってきた。「ここだ!」って言って地面に転がってた木をひっくり返すと、カエルが飛び出してきて、二人で大笑いした。
今度は二人で隠れる番。池の側に横になる。水が流れ落ちるように地面が斜めになっていたので、落ちていかないように、真里の手を取る。空が見える。
「健ちゃん、もうちょっと近くに行ってもいい? 滑っちゃう。」
「うん、いいよ。」
ほとんど真里を抱き締める形になった。
「あのね健ちゃん、私ね、新しいお父さんができるの。新しい名前になるんだって。」
新しいお父さん? 名前が変わる?
「私の名前が変わっても、これまでと同じように遊んでくれる?」
「当たり前じゃないか。どうしてそんなこと聞くんだよ?」
「ありがとう。健ちゃん。私、本当にここが好きなのよ。」
真里が少し体を伸ばして、俺の口に自分の唇を重ねた。
どれくらい唇を重ねていたのかは分からない。世界の全てはその貯水池にあって、そこには俺達二人しかいなかった。
「明日もまたここに来るって約束してくれる?」
「いいよ。明日も来よう。約束だ。」
しかし約束は果たせなかった。次の日に登校した時にはもう、真里は消えていた
「山瀬さんは、ご両親のご都合で急に転校することになってしまいました。みんなで寄せ書きを書いて送ってあげましょう。」
寄せ書きには何も書かなかった。貯水池にも二度と行かなかった。
そして真里としか、あの貯水池には行けないのだと俺が知ったのは、それよりずっと後のことだった。
その人は、私が物心ついた頃からそばにいた。
私はその人の名前を知らなかった。尋ねても、その人は首をかしげて苦笑するばかりだった。
その人は口髭を生やした、中年にさしかかったぐらいの男の人で、私の親戚かどうかはわからなかったけれど、ずっと近所に住んでいた。
不思議だったのは、私が小学校に上がる頃、遠く離れた町に引っ越した時でも、彼はまたいつの間にか私のそばにいたことだ。しかしそんなことがあっても私は、気持ちが悪いという感覚をなぜだか持つことはなかった。
彼が私のそばにいることはとても自然なことだったので、私は一度、彼は幽霊なのではないかと疑ったことがある。しかし夢や幻想と決めつけるには、あまりにも彼の手はぎっしりとしていて、あたたかかった。
彼がそばにいて私を見守ってくれるのは、もはや当たり前のようになっていた。彼は私だけのあしながおじさんだった。
あしながおじさんとは言えど、私が高校生ぐらいの時には彼はもう口髭も無く、むしろ若返っているようにも見えた。もはや中年ではなく青年の彼は次第に私といる時間も少なくなり、忙しそうに仕事に打ち込んでいた。
いつしか彼とは疎遠になってしまっていたが、大学生になったある時、道端で名前を呼ばれた。彼の声だとは思ったが、なんだか幼く聞こえた気もした。振り向くと、私より背の低い少年が立っていた。にっこりと笑ったその表情には、たしかに見覚えがあった。
彼はどんどん幼くなっていくようだった。私は、彼は何かの病気なのではないかと考えた。彼は「病気かもしれないね」と言った。さらに「でも、僕にはみんなの方こそ若返っているように見える」とも言った。
私が社会人になってしばらくすると、少年の彼はどこかへ消えてしまった。私は手がかりもないままずっと彼を探した。私は彼に恋をしているのだろうか。それともいつかのように、そばにいて見守ってほしいのだろうか。
それからまた時は経ち、彼を探すのを諦めかけていた頃、私はいずれ夫となる人と出会った。その人は彼にそっくりで、しかし彼とは違う魅力もあった。
遅い結婚と遅い妊娠だった。危ぶまれた出産も無事に済み、元気な男の子が産まれた。私は夫と、息子を祝福し名前を付けた。
次の日、息子はいなくなっていた。その時私は、ずっと聞けなかったあしながおじさんの名前を知った。私は過去に進む彼を思い、泣いた。
冷えきった教室、午前10時。時計の他に、時を動かしているものは僕と彼女しか居ない。コートを羽織ったままの僕達は、時々息で手を温めながら、向かい合わせの机に広げた栗の皮を剥いている。
「この食べられる部分ってさ、葉っぱらしいよ」
「ふうん」
苦し紛れの蘊蓄を披露するも彼女の相槌は淡白。僕の言葉は微妙な虚しさを残して消えていった。
「いや、だからどうってわけでもないんだけどさ」
聞かれたわけでもなく答えれば、「ばーか」と手元の栗が笑う。目の前にいるのに、僕の彼女は、なんだか遠い。
付き合い始めたのは昨日の今日みたいなもので、早速勉強会を口実に誘い出した休日だったけれども、会話は続かないし教室は寒いしで僕は既に挫けそうだった。手が“かじかむ”ので勉強も進まず、「とりあえずコンビニに行って暖をとろう」と提案したのがさっき。栗はその後コンビニで買ったものだった。
しかし栗を食べるにしても、皮付きなのは難しい。思うように手が動かなくて僕はちょっとイライラする。思えばコンビニの棚に置かれた栗には二種類あったはずだ。皮付きのやつと、もう剥けているやつ。「栗を食べよう」と言って袋を手に取ったのは彼女だった。なぜ「剥いちゃいました」にしなかったのだろう。
「はい、これ」
そう言って彼女は僕の前に皮の向けた一個を置いた。
「え、いいの?」
キョトンとする僕をよそに、彼女は再び作業に戻る。温かそうな色をした小さな手は、僕のよりずいぶん優秀に働くようだった。
「ありがとう」
そう言ってそれを口に入れれば、微かな甘さが広がってくる。彼女がちょっと笑った気がして、微かな熱を帯びる僕の指先。
「そういえば、どうして皮付きの方を選んだの?」
ためらうほどの質問ではないが、今なら聞けると思って聞いた。彼女が一瞬手を止めて、僕はどきりとしたけれど、次にその目がこちらを見たとき、僕はもっとどきりとした。なぜなのか、自分ではよくわからない。
彼女はすぐに目を逸らし、そしてぽつりと呟いた。
「皮剥かないと、すぐに食べ終わっちゃうから」
その意味を考えようにも「どきどき」が邪魔をして、僕は「そっか」としか応えられなかった。
「はい」
彼女はまた栗を差し出す。受け取ろうとした僕の手に、ちょこんとその指が触れた。
今さらコンコンコンと音を立てて動き始めたストーブ。間もなくその熱はほんのりと、教室を温めるだろう。
8月初旬、仕事の休みを利用して海へ釣りに出かけた。
今年初めての海だ。場所は伊豆の海。
普段なら海水浴客で賑うが、今日は冴えない天候もあってか人が少なく閑散としていた。
波止場に場所を確保し釣りの仕掛けを用意するや否や雲行きは次第に悪化し、とうとう雨が降り出した。海もしけっている。
自然とため息が出る。
ふと後ろの方を振り返ると船着場の辺りに若干の人だかりが出来ているのが見えた。僕の体は好奇心からなのか、その人だかりに吸い込まれるように近付いて行った。
人々は皆黙って海面を見ていた。
僕は言葉を失った。なぜなら人々の目線の先には溺れている1人の人間がいたからだ。
しかし、誰一人として助けようとしない。それどころか無表情で人が溺れ行く様を見届けるかのようにただ見つめるだけだった。
次第に人は沈んで行く。海面からその人の手が姿を消そうとしていた。
僕の体は勝手に動いていた...海に飛び込み、沈んで行くその体を捕まえた。しかし、海面へ引き上げようとする度、強く体にしがみつかれこちらも身動きが取れなくなっていた。
あともう少しのところで這い上がれない、それどころか徐々に沈んで行く。パニックの中、海面の上から黙ってこちらを見ている人々の姿が見えた。
怒りや悲しみではなく絶望感が全身を走った。
「もう駄目だ」心の中で呟いた。
諦めに入っていた僕はその時初めて自分にしがみついている人間に目をやった。何故かそいつはニヤけながら僕の足にしがみついていた。とても不気味な顔をした女だった。
そして僕の体は余力を失いゆっくりと沈んで行った。
と、ここで僕は目を覚ました。
「夢か...」そう呟きながら時計を見ると朝の5時36分。Tシャツは汗で濡れ、鳥肌がおさまらない。
後味の悪い不気味な夢に呆然とその場に仰向けになっていると玄関のチャイムが鳴った。
こんな時間に人が訪ねてくる事なんて一度もなかったので不思議に思いながらもドアを開ける。
ドアチェーンをかけたまま開けたドアの隙間越しから 「先程はどうも。」とニヤけながら話しかけてきたのは夢の中で僕にしがみついてきた女だった。
全身に戦慄が走るのと同時に飛び起きる。
ここでやっとすべてが夢だったと気づく。
「勘弁してくれよ。」と苦笑いで呟きながら時計を見ると朝の5時36分。Tシャツは汗で濡れ、鳥肌がおさまらない。
呆然とその場に仰向けになっていると玄関のチャイムが鳴った。
二人の立春(はる) 作詞 おひるねX
坂道を のぼって 見上げる 白い梅
透明な 陽だまりの
中の二人
おみくじを 笑って読んで 振り返る 旅立ち
足音も 重なって
響く 二人
楽しさは 寒さに あっても 明るい
千年の湯島 いま
咲く 二人
***
作曲、お願いします。
「せいたか」を変換しようと思ったら「背居たか」とか「せ居たか」とかろくな変換をしない。本当は「セイタカ」と変換したい。セイタカアワダチソウなんだから。その事でいらついて思わず「せい」だけで投稿して仕舞った。指が勝手に動いてしまって。投稿者全員掲載を謳っていたけどまさか機械的に載せんわな。せめてそう言うミス投稿はしっかり掃除して頂きたい。こっちから訂正する術が無いんだから。
丁度父が帰って来るタイミングでジャパンホーム間接から電話がかかって来た。昨日「簡易書留」のハガキが対応できなかったので今日来る。
アジテーターのアジ演説は長く続かなかった。血管切れるほどやらんでもよろしい。テキストのページを開けば短毛が紙に付いて居るのが視野に入って来たので息を吹き掛けて吹き飛ばす。
9時から12時までに郵便物が来る筈だった。私は9時50分に目覚めて下へ。母が北のキッチンテーブルで待ちの番をして居てくれている。編み物をしながら。私は安心して自分の事を始めたのだが。11時少し前に父の兄が重篤との電話が入り市内の病院へと行く。市内の中川病院。初めて聞く名だと思う。ために私は家に一人だけ残されて不在郵便を預かる事になった。11時半ごろ受け取る。そう言えば今日は朝食を取って居なかった。昼食は昨夜の残りの豚汁を食べる。昨夜はマグロの刺身に豚汁だった。昨夜を思い出す。日曜日の夜。ビデオ予約失敗で19時からのEテレの手話番組をとりそこなった。普通にとればとれるのに予約にすると撮れない。何故だ。元々はアナログのテレビを変換機つけてデジタルにしたもの。普通に撮ろうとすると外部と表示されるが撮れる。録画予約にすると同じように外部外部とダブル表示されて不安に思っていたが案の定撮れて居なかった。結局風呂の後に慌てて直撮りに切り替えて19時45分からの子供手話には何とか間に合ってテレビを見ながらリアルタイムで録画したのだった。
例えばある朝、通勤でも通学でもいい、君はいつもの道を通る。すると何百回と通ってきたはずの曲がり角に、見慣れないカーブミラーを見つける。新しく設置されたものかと思って眺めてみても、その標識はずっと昔からそこに立っていたような、傷や汚れがある――こんな経験は無いかい?
何もミラーだけの話じゃない。それは街灯であったり、左腕のほくろであったり、電子メールであったりする。見慣れないものが増えている時だけじゃなく、あった気のするものが無くなっている時もある。昨日までの記憶と、今日が、違う。大抵の人は、曲がり角に無かったはずのカーブミラーを見つけても、こんなところにミラーなんてあったっけ、とか、毎日通っているのに気づかないものだな、とか、少し奇妙に思って通り過ぎるだけだ。だけど実際は違う。
君は眠っている時、夢を見るよね? 見ない日もあるかもしれないけど、それは見たことを忘れているだけ。毎日必ず、君の意識は夢の世界にワープしている。そして、目覚める一瞬前に帰ってくる。
でもね、夢の世界からこっちの世界に帰ってくる時、間違えて、もといた世界と少し違った世界に迷い込んでしまうことがある。その世界には、もといた世界には無かったカーブミラーがあったりする。君は昨日と少し違う世界に小さな違和感を抱いても、結局は気にせず、その世界で生きていく。
じゃあ、もといた世界の君はどうなってしまうのか? それは誰にも分からない。死んでしまうのかもしれない。世界ごと消滅してしまうのかもしれない。君の知らない「君」が、君のフリをして、生きていくのかもしれない。
さっきから君、君、って言ってるけど、「君」っていったい何なんだろう? この文章を読んでいるあなた? じゃあ聞くけど、二十四時間前のあなたと、今文章を読んでいる「この」あなたが、本当に同じものだと言える? 子供の頃の写真を見せられ、
「小さな頃のあなた、可愛かったんだから」
と言われた時、写真の中の子供と、今の「この」自分が同じものだと言える?
「人間は変化する。小さな頃の自分と今の自分が異なっていることには何の不思議もない」
と言う人がいるかもしれない。でもそうだとすると、君は今この瞬間も変化し続けていて、どの瞬間の君が「君」なのか分からないことになる。一瞬前の「君」と、今この瞬間の「君」が、全く同じものと誰が言えよう?
君って、何だ?
お前は、誰だ?
――選考委員長として全体の感想はいかがですか。
「残念なことに盗作が非常に多かった。字数制限一文字以内という規定は厳しいが、盗作という姑息な手を使わず、自分の頭を振り絞って勝負して欲しい」
――たとえばどんな盗作がありましたか。
「一番多かったのは『?』というもの。これは明らかにヴィクトル・ユーゴーの手紙から盗用したものだ」
――偶然の一致とは考えられませんか。
「少し似ているだけならともかく、本文の100%が一致しては言い訳もできない。また同様に『!』も失格とした」
――他にはどんなものがありますか。
「『●』というのもあった。これは草野心平の「冬眠」と完全に一致する。選考委員を試すような真似はやめて欲しい」
――どうも盗作の方が多そうですね。
「残念ながらそうだ。『イ』というものもあったが、これも大正15年の日本初のテレビ放送作品と一致する」
――文学以外からでもだめですか。
「もちろんだ。漢字一文字の投稿作も多かったが、すべて過去の一文字書道と一致した。独創性を大事にして欲しい」
――盗作は完全一致のものだけですか。
「難しいのもある。FAX投稿で白紙として送られてきたのもあった。0文字であっても一文字以内なのは確かなので規約違反ではない」
――裏表を間違えて送信したのかもしれませんけど。ではそれは合格作品ですか。
「だが本文が空白という形式は、エドワード・ウェレンの「もしイブが妊娠しなかったなら」と同一だ。0文字同士は完全一致と言わないが、模倣なのは間違いないので失格だ」
――盗作以外の失格作品はありますか。
「《闇夜のカラス》という題名で『■』というのがあった」
――図画の宿題をさぼった小学生の言い訳のようですね。
「これは題名があるのが失格理由だ。本文以上の長さの題名は明らかに不正。たとえば千文字小説なのに題名が千文字以上あったら誰でもアンフェアと思うだろう」
――題名が一文字でも許さないんですね。
「住所氏名も評価を狂わせるという意見があり、個人情報は事前にすべて廃棄した」
――受賞賞金を送る前に破棄したのがミソですね。それでは最後に、今回の受賞作を教えて下さい。
「厳正な選考の結果、今回は受賞作なしとなった。最終選考まで残ったのは『w』だったが、これも二重字のダブルユーが由来なので、二文字扱いとして失格になった」
――本賞があざ笑われているようにも見えますが。ともかく今日はありがとうございました。
幼なじみのヤロウ・コンニャロウがドライヴに誘ってきた。仲たがいの原因は俺がヤロウの女に手を出したことだった。フクロにでもされ、骨の髄まで引き抜かれるような怨讐を用意しているのだろうと身構えていたが、ヤロウは二人分のバニラシェイクまで調達していた。吸い嗜みながら木偶街道に入る。似合わぬ気遣いだった。
運転は俺に任され、ヤロウはナビを膝の上に乗せて助手席でふんぞり返っていた。全開の窓から腕を放り出し、風に手のひらを泳がせている。
四号線から抜けようと指示があり俺は肉車を走らせた。家獣の胴体を切り開いておろした肉片を幾層にも積み重ね、中身を刳り貫き、ハンドルと車輪を取り付けただけのマイカーは、ヤロウが昨夏モテようとして購入した。クラブ帰りにホテルで俺と寝たキキカカ・アンズーも、コイツに乗って引っ掛けた女だ。
俺ァ苦手だから頼む運転してくれよ、とヤロウは言い張るが、技術の問題より肉車との相性が悪いみたいだ。確かにコイツは言うことを聞かない。どこの家獣だよと訊ねると、台湾製だとヤロウが言う。しっかり動けタイペイ、とダッシュボードを叩くと肉壁が蠕動した。
アンズーも乗り心地悪ィと言ってたサ。
ヤロウはストローを噛みながら、どこか自嘲の雰囲気で呟いた。
肉車は加速と鈍行を繰り返し一本道を走った。分譲の住宅地、見晴らしのいい田園を更に抜ける。煉瓦道に入り現れたのは、道を挟んで一定間隔に立ち並ぶ人型の木偶たち。腰を直角に曲げ、通る車に頭を垂れるオブジェ然とした街路樹だ。どのツルッパゲにも陽が照り返し、車道が窮屈に感じる。
窓から身を乗り出し、控えおろゥ控えおろゥと声高に叫んで、ヤロウは金属バットで木偶の脳天を叩き割り始めた。粉砕した破片が脇腹に突き刺さったのか、肉車が痛がって蛇行する。木っ端は煉瓦道を舞ってきらきらと渦を巻いた。
その向こう、進行方向に聳える摩天楼群の陰から、力瘤を見せびらかして大入道が顔を出す。筋骨隆々の背中に貼られたゼッケンには、五と標示されていた。
悪ィ、道一本間違えたワ。バットを後部座席に放りヤロウは謝った。
どうする、と訊き返すと、このまま北へと言う。俺は黙って従った。
あんなビッチでもな、愛してたんだ俺ァ、アンズーのことをよ、なァ……。
途絶えぬヤロウの嘆きを聞きつつ、シェイクを呑む。喉の奥が鳴いた。
空は不気味に青褪め、俺たちは木偶街道を更に北へ行く。
俺は、猫を抱いた。そしてその瞬間こみ上げてくる感情に動揺した。
なんだ? これは。どうしようもなく、昂る。この腕の中の猫を、握りつぶしたくなる。もしくはぶん投げたくなる。しかし、できない。身体がいう事をきかない。どうしたというんだ。俺は、狂ってしまったのか。
「それが猫の力です」
ペットショップの店員は意味ありげな笑みを浮かべて、俺の心を読んだかのように語りだした。
「猫を抱くと、言いようのない感情に包まれるでしょう。壊してしまいたい、そんな感覚に支配されるでしょう。どうです、図星ですか」
俺は腕の中の猫をどうすることも出来ないまま、小さく呻いて、首を縦に振った。この男には、全て見抜かれている。
「猫には、特別な力が宿されています。それを私は猫力(ねこぢから)と呼んでいるのですが、あなたはそれに魅了されたのです。猫力を受けた者は、どうしようもない嗜虐の感情に支配され、暴力を振るいたくて仕方がなくなります。
そしてその感情は、まず初めに、腕の中にいる猫自身にそそがれます。理由は単純で、一番近くにいるから。
しかし、猫は知っています。決して自分が傷つけられないことを。何故傷つけられないかについては、もう気付いているでしょう?」
俺はなんとか平静を保ちつつ、神妙に頷いた。
「ああ、何しろコイツはかわいいからな。殴ったりとか絶対出来ない」
「でしょうね。しかしそれが猫を増長させる。この子達はそれを知った上で猫力を発揮し、人間達が醜く暴れ狂うさまを見て楽しむのです。
公に語られてはきませんでしたが、人類史上、戦いの場には必ず猫がいた、と密やかに伝えられています。夫婦喧嘩や友人同士の諍いから、太平洋戦争のような大規模なものまで、あらゆる戦いは全て猫力によって引き起こされたものだったのです。ふふ、驚きましたか。いきなりでしたから、無理もないです。
しかし、今のあなたなら、こんな突拍子のない話にも納得できるはずです。私の言ったことの根拠とも言うべき存在があなたの腕の中にいるのですから、ねえ」
「……」
店員が政治家の演説を思わせる饒舌さで語りかける中、俺は片腕に猫を抱いた状態で、空いた方の拳を強く握り締めた。
俺は猫力に支配されようとしているのか。そんなことをぼんやりと考えていたが、眼前の男の顔が大きくゆがんだその瞬間、全てがどうでもよく思えた。
寒い夜、俺は近所で買った一番安いウイスキーを飲みながら、放射能をむさぼる緑色の息子を眺めている。
今夜は風が強いので仕事は休むことになったと、夕暮れの組合長は私に電話をよこした。今夜はゆっくり休め。仕事は逃げて行かないのだから、今夜は風が強いだけなのだから心配するなと。
俺は空になったグラスにまたウイスキーを注ぐと、居眠りをする古時計のようにグラスを揺らしながら自分の息子にこう訊ねる。
放射能はうまいか。
学校は楽しいか。
すると緑色の息子は口いっぱいに放射能を頬張りながら、モグモグと、言葉にならない返事を俺にかえす。
そうか、うまいかと俺は息子の頭を撫る。でも放射能を食べた後は、ちゃんと歯を磨くんだぞ、放射能でお腹がいっぱいになったからといって、そのまま眠っては駄目だからな。
すると緑色の息子はテレビの芸人を見ながらゲラゲラと笑う。
父の話などきいてもいない。
まったく。
テレビなんかに出ている人間の、何がそんなに面白いのか俺にはさっぱりわからないのだが、息子の笑う顔を眺めていると、ただそれだけで自分は幸せだと思える。
「ねえ父ちゃん、馬刺ってどんなあじがするの?」
息子の母親は、彼が生まれたあとすぐに死んでしまった。
「じつは父ちゃんも知らないんだよ。さあテレビを消しなさい。子どもはもう寝る時間だ」
きっと馬刺は、馬のあじがするのさ。
「じゃあ人間は、人間の味がするってこと?」
俺は、息子の境遇が不幸だとは思いたくない。たとえ緑色でも。
「だから早く寝ろと、お前の父ちゃんはさっきから何度も言っているだろ。人間が人間を食べたら、もう人間じゃなくなるんだよ」
部屋の隅で眠っていた夜の電話機が鳴る。
出ると女の声がきこえた。
「ねえ、今夜は仕事がないのでしょ。風は強いし、とても寒いでしょ」
緑色の息子はパジャマに着替えて歯を磨いている。
「ねえ、あなたも放射能たべてるの?」
「まあな、みんなたべてるだろ」と俺は言って、受話器を右手から左手に持ち替えた。「ところで俺、君の声をなんとなく覚えているよ。でも名前が思い出せないな」
「息子は寝たの? あの、緑色の息子は」
俺は何も言わずに電話を切った。
(ねえ……)
しばらくするとまた電話機が鳴った。
「ねえ、西ローランドゴリラも放射能たべてるの?」
俺は何も言わず、暗い部屋の中で女の声を聴いていた。
「ねえ、なぜ電話を切らないの?」