第110期 #16

質問

 寒い夜、俺は近所で買った一番安いウイスキーを飲みながら、放射能をむさぼる緑色の息子を眺めている。
 今夜は風が強いので仕事は休むことになったと、夕暮れの組合長は私に電話をよこした。今夜はゆっくり休め。仕事は逃げて行かないのだから、今夜は風が強いだけなのだから心配するなと。
 俺は空になったグラスにまたウイスキーを注ぐと、居眠りをする古時計のようにグラスを揺らしながら自分の息子にこう訊ねる。
 放射能はうまいか。
 学校は楽しいか。
 すると緑色の息子は口いっぱいに放射能を頬張りながら、モグモグと、言葉にならない返事を俺にかえす。
 そうか、うまいかと俺は息子の頭を撫る。でも放射能を食べた後は、ちゃんと歯を磨くんだぞ、放射能でお腹がいっぱいになったからといって、そのまま眠っては駄目だからな。
 すると緑色の息子はテレビの芸人を見ながらゲラゲラと笑う。
 父の話などきいてもいない。
 まったく。
 テレビなんかに出ている人間の、何がそんなに面白いのか俺にはさっぱりわからないのだが、息子の笑う顔を眺めていると、ただそれだけで自分は幸せだと思える。
「ねえ父ちゃん、馬刺ってどんなあじがするの?」
 息子の母親は、彼が生まれたあとすぐに死んでしまった。
「じつは父ちゃんも知らないんだよ。さあテレビを消しなさい。子どもはもう寝る時間だ」
 きっと馬刺は、馬のあじがするのさ。
「じゃあ人間は、人間の味がするってこと?」
 俺は、息子の境遇が不幸だとは思いたくない。たとえ緑色でも。
「だから早く寝ろと、お前の父ちゃんはさっきから何度も言っているだろ。人間が人間を食べたら、もう人間じゃなくなるんだよ」
 部屋の隅で眠っていた夜の電話機が鳴る。
 出ると女の声がきこえた。
「ねえ、今夜は仕事がないのでしょ。風は強いし、とても寒いでしょ」
 緑色の息子はパジャマに着替えて歯を磨いている。
「ねえ、あなたも放射能たべてるの?」
「まあな、みんなたべてるだろ」と俺は言って、受話器を右手から左手に持ち替えた。「ところで俺、君の声をなんとなく覚えているよ。でも名前が思い出せないな」
「息子は寝たの? あの、緑色の息子は」
 俺は何も言わずに電話を切った。
(ねえ……)
 しばらくするとまた電話機が鳴った。
「ねえ、西ローランドゴリラも放射能たべてるの?」
 俺は何も言わず、暗い部屋の中で女の声を聴いていた。
「ねえ、なぜ電話を切らないの?」



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