第110期 #15
俺は、猫を抱いた。そしてその瞬間こみ上げてくる感情に動揺した。
なんだ? これは。どうしようもなく、昂る。この腕の中の猫を、握りつぶしたくなる。もしくはぶん投げたくなる。しかし、できない。身体がいう事をきかない。どうしたというんだ。俺は、狂ってしまったのか。
「それが猫の力です」
ペットショップの店員は意味ありげな笑みを浮かべて、俺の心を読んだかのように語りだした。
「猫を抱くと、言いようのない感情に包まれるでしょう。壊してしまいたい、そんな感覚に支配されるでしょう。どうです、図星ですか」
俺は腕の中の猫をどうすることも出来ないまま、小さく呻いて、首を縦に振った。この男には、全て見抜かれている。
「猫には、特別な力が宿されています。それを私は猫力(ねこぢから)と呼んでいるのですが、あなたはそれに魅了されたのです。猫力を受けた者は、どうしようもない嗜虐の感情に支配され、暴力を振るいたくて仕方がなくなります。
そしてその感情は、まず初めに、腕の中にいる猫自身にそそがれます。理由は単純で、一番近くにいるから。
しかし、猫は知っています。決して自分が傷つけられないことを。何故傷つけられないかについては、もう気付いているでしょう?」
俺はなんとか平静を保ちつつ、神妙に頷いた。
「ああ、何しろコイツはかわいいからな。殴ったりとか絶対出来ない」
「でしょうね。しかしそれが猫を増長させる。この子達はそれを知った上で猫力を発揮し、人間達が醜く暴れ狂うさまを見て楽しむのです。
公に語られてはきませんでしたが、人類史上、戦いの場には必ず猫がいた、と密やかに伝えられています。夫婦喧嘩や友人同士の諍いから、太平洋戦争のような大規模なものまで、あらゆる戦いは全て猫力によって引き起こされたものだったのです。ふふ、驚きましたか。いきなりでしたから、無理もないです。
しかし、今のあなたなら、こんな突拍子のない話にも納得できるはずです。私の言ったことの根拠とも言うべき存在があなたの腕の中にいるのですから、ねえ」
「……」
店員が政治家の演説を思わせる饒舌さで語りかける中、俺は片腕に猫を抱いた状態で、空いた方の拳を強く握り締めた。
俺は猫力に支配されようとしているのか。そんなことをぼんやりと考えていたが、眼前の男の顔が大きくゆがんだその瞬間、全てがどうでもよく思えた。