第11期 #2
四谷三丁目でタクシーから降りた土井は、握り締められた右手に眠る紙片に記載された住所へと歩き出した。汗の染み込んだ萎れた冬用スーツを不器用に着こなし、額から滲む汗を仕切りに拭っていた。
「それでは明日の午後二時にお待ちしておりますので」
昨日、愛想の良い女性と面接の約束を交わし、今朝は早くから身支度に追われ、今、漸く面接の場所へと向かいつつある。
急募!簡単な事務処理。社員として働きませんか?月給18万プラス歩合。残業なし。未経験者歓迎
そんな求人を土井は求人誌から見付け、即座に電話をしたのだ。
「では、こちらに掛けて下さいね」
「はあ、すいません」
「今日は本当に暑いですね」面接官は体のラインに沿った黒のパンツスーツを上品に着こなした女性で、昨日、電話で話した本人と思われた。
「求人誌で拝見させて頂いたんですが、事務処理っていうのは具体的にどういった仕事ですか?」
「ええ、はい、そうですね。事務処理ですね。えーと、土井さん、あなたはお金を稼ぎたいですか?」
「はっ?ええ、まあ、お金は稼ぎたいです」
「そうですよね!なら、細かい事は良いじゃないですか!土井さんはテレアポとかをやられた事はあります?」
「はあ、学生の頃に家庭教師のテレアポを少しだけやっていました。大学生の振りをして、子供からアポを取っていました」
「そう。それなら話が早いわ。ここの仕事も簡単に言うと、それと同じなんです。主婦の方々に電話をしてもらって、契約を取るって仕事でね、四件契約が取れたら、歩合として10万が付く事になります。」
「えっ、そんなに付くんですか?」
「ええ、付きますよ!働いている人の中では歩合だけで100万を稼ぐ人もいるんですから!土井さん夢ってあります?夢の為に頑張って働きませんか?」
「ええ、働きたいですけど、何を売れば良いんですか?」
「100万のCD-ROMです!パソコンで仕事をして頂く為の教材を購入してもらうんです!主婦の方々も稼げるので、みんなプラスになるんですよ!」
・・・・・土井は翌日から働き始め、半年で六件の契約を取った。そして、会社は二ヶ月目で株式のままで社名が変わり、半年目で倒産した。
土井の雇用形態はバイトと同じであり、倒産の次の日からまた職探しが始まった。土井は後味の悪さを覚えただけであった。