第11期 #13

タイムマシン

「遂に時間を逆行する物質の開発に成功しました」
 キッポラ研究員は誇らしげに言い、自らの発言の効果を楽しむかのように経営幹部の顔を見回した。机上には、こぶし大の黒い物体が置かれている。
「どういうことだね?」
「はい、社長。従来、時間を逆行する物質としてはタキオン粒子、つまり超光速粒子が考えられています。ディラック方程式によれば――」
「我々は多忙なのだよ。理論の話などどうでもいいから実際面の話をしたまえ」
社長が苛立った様子でキッポラの説明を遮った。
「わかりました、社長。この物質を用いれば過去へのタイムトラベルが可能になります」
「どういうことだね?」
「はい、この物質は未来、現在、過去と普通の物質とは逆に時間旅行をしています。ですから、この物質で人間が乗れる乗り物を製造すれば過去へのタイムトラベルが可能になるわけです」
「タイムマシンの開発に成功したのかね?」
「いえ、残念ながらそうではありません。この物質はとても軟らかいので、今の段階では人間が乗れるような乗り物を製造することは不可能です」
 会長は工学部出身の技術者であるのに対し、社長は営業畑出身であり物理に関しては門外漢である。キッポラは、会長を一瞥し表情を窺ったが、会長は目を閉じてうつむいていた。
「それでは意味がないではないか」
「今の段階では、と申し上げたはずです。今後の研究によって硬度を高くすることは可能だと考えています。そこで、この会議をアレンジさせて頂いたわけです」
「どういうことだね?」
「我々のチームの研究予算として年間二十億ドルを今後十年間計上して頂きたいのです」
「キッポラ君、君は正気かね? そんな大金を出せると思うかね?」
「しかし、開発に成功すれば過去へのタイムトラベルが可能になるのですよ?」
「成功する保証はどこにあるのかね?」
「きっと成功させます」
「きっとじゃ困るんだよ」
「必ず成功させます」
 ちょうどその時、会長が目を擦りながら大きな欠伸をした。
「キッポラ君といったかね?」
「はい、会長」
「君は、本当にそれで過去へのタイムトラベルが可能になると考えているのかね?」
「もちろんです、会長」
「その物質で作った乗り物に人間が乗っても、時間を逆行するのは乗り物だけじゃないのかね? 人間がタイムトラベルをするのであれば、人間をその物質で作る必要があるんじゃないのかね?」
「……なるほど、そうですね。では、その為の研究予算を――」


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