第11期 #14
私の田舎の小学校は一学年一組で、文字通り「小さな学校」だった。それだけに、新学年の新しい教室で新担任が来るのを待つ間は、爽快な緊張感があった。
五年生の時の新担任は二十代の青年で、加藤雅之先生といった。
先生の提案で、教室で「記者会見」を行なうことになった。
「先生のこと、何でもいいから質問してくれ」
早く打ち解けたいという意図があったのだろう。出身地や血液型など平凡な質問が二三あり、先生は笑顔でハキハキと答えた。
同級生の一人だった俊弥が大声で尋ねた。
「先生! エロ本読んだことある?」
俊弥は日頃から「男はスケベだ」と公言していたが、まさか初対面の教師にそんなことを尋ねるとは。
先生はさすがに言葉に詰まったが、それでも力強く答えた。
「…あります!」
一瞬の静寂の後、場がドッと湧いた。
当時、私は唖然としたが、今は賢明なお答えだったと感服している。女子も居並ぶ中で、しかもこれから一年間教え子となる子供たちの前で、勇気ある肯定をしたとも思う。
選択肢は他にも二つあった。
一つは「ありません」の答え。もう一つは黙殺。
前者なら、私を含む生徒たちは直観的に「嘘臭い」と感じただろう。先生への不信感が心の澱となり、薄ら寒い一年になったに違いない。後者は論外で、生徒の質問に答えない教師なぞ、六法全書を知らない検事、包丁が恐い魚屋、ポケットの無い猫型ロボットだ。
俊弥をはじめ数人いた「スケベ公言派」の男子は特に、加藤先生になついた。
「先生もエロ本読んだことあるのか。オレらもあるよ。仲間だ」
彼らの言うエロ本が、女の全裸写真であることは明白だが、あれは果たして「読む」ものだろうか。
やがて加藤先生には「茶太郎」の渾名がついた。勿論、あの加藤茶に由来する。「チャタロー」と「チャタレー」の響きは似ている。俊弥は、
「オレたち、『チャタロー夫人の恋人』軍団だ!」
と、はしゃいでいた。「世界的なエロ本」という中途半端な教養を、錦の御旗にしたかったらしい。
担任教師のエロ公認に意を強くしたのか、悪童たちの破廉恥はエスカレートした。四年生の担任だった松浦京子先生のスカートめくりに熱中したのだ。「軍団長」の加藤先生は俊弥たちを叱りつけ、京子先生の前で謝罪させた。
一年後、加藤先生は、彼の名字に改姓した京子先生と共に学校を去った。
「巧いことやったなあ」
笑顔で言い放った俊弥が、とても大人びて見えた。