第109期 #2

お変わりありませんね

近々、我が家の近くにビルが建設されるらしい。
妻はつまらない顔をしながら、洗濯物を干している。かくいう俺はつまらない本に目を奪われ、日曜日を終えようとしている。夕方になればうるさい足音が聞こえてくる。昨日の夕飯がどうの、今日の夕飯が不満だの、娘は叫ぶ。
黙ってアジの開きをつつけよ。

ビルが建つ頃にはテレビの映りが悪くなるんだろうか。アナログテレビが映らなくなるのは知っているが、わざわざ変えるまでもない。電波の入りが悪いなら、いっそのこと捨ててしまえばいい。娘は叫ぶだろうが。
翌日、つまらない顔でネクタイをいじる。鏡の中の顔には張りがない。艶もないが、額のテカリはひどい。妻の朝食の味付けが荒々しくなって食べられたもんじゃないと、こういうとき娘は言ってくれやしない。外に出て電車に乗れば一日はあっという間。会社が俺の時間を吸い取ってくれる。

時を追ってビルが建った。電車に乗る手間は省けたが、テレビは映らなくなった。娘は叫び文句を言いながら、妻はつまらない顔のまま朝食を作る。俺はただ外に出て、表通りのビルに吸い込まれるだけ。
女子社員はうまく笑って言う。
「家が近くなって係長はいいですよね〜」
課長はいじらしく笑って言う。
「今度何かあったら君に頼もうかな。・・・おいおい、冗談だよ」
俺は家に向かって言う。
「なんら変わらんよ。いつも外見だけだ」



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