第109期 #14

パイプ椅子の消滅

ケータイの電池表示が2本から1本に減る瞬間を見たことがあるだろうか。ないけど何?何なの?もういっそ死ねよ、といわれそうだがわたしはくじけない。見たことがないならぜひ見るべきである。例えば音を鳴らし震えさせ続けて電池を消費させ、じっと瞬きせずに見つめていて欲しい。もしかすると何分も待ったあげく我慢し切れなかった瞬きの間に減ってしまうかもしれない。それでも何度か試みてみるべきである。私はそんな苦労をしたわけではないが、偶然、減る瞬間を見た。見てしまった、と言った方が良いかも知れない。薦めておいて言うのもなんだが、それはひどく体力を奪われる。見るだけでシューティングゲームで言うところの1機なくなったような、消えた二本目に吸い取られてしまうような感覚になる。細かく説明すると私はモスバーガーの店内で、まだ湯気を発すモスチーズバーガーをかじってメールで「パイプ椅子」と打った。そのメールがどういう内容だったのか、誰宛だったのかは気にしなくて良い。とにかくかじる、「パイプ椅子」と打つ、次に続く言葉を考えて視線を泳がせた先が電池表示で、まさにその瞬間二本あった電池の、長い方が小刻みに震え始めて、やがて卒倒する、駆けつけてきた仲間(三本目を含む)が人工呼吸やら心臓マッサージをするも、効果はない。ため息が画面上を曇らせるので、わたしはそこに花びらを描いた。倒れている二本目を放って仲間(一本目を含む)は中心街に繰り出す。そこで、軽く一杯のつもりが朝までなんてこともあるので、今日は程ほどにしときましょうや、とか何とか言いながらふるるんと仲間は夜の街に溶ける。倒れたままの二本目の横に立つ一本目、その一本目の頬を伝い流れていく一筋の涙が二本目の額に落ちて、濡らす。そのままずっと立ち尽くしていたいけれど、そういうわけにもいかぬからと言って主治医が進めてくれたのがパイプ椅子だった。目先をすぐ下、わたしが先ほど打った「パイプ椅子」はさらりとなくなっていて、モスチーズバーガーは相変わらず湯気を発す。



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