第108期全作品一覧

# 題名 作者 文字数
1 おれの50センチ間隔とおまえの50センチ間隔 ハダシA 969
2 手紙 伊藤 知得 572
3 プランテーション しろくま 1000
4 ないものねだり 工藤睡 851
5 夏祭り 浜野 幸久 414
6 低温都市祝杯日 ボリス・チリキン 1000
7 ローソンで待ってる 青井鳥人(あおい とりひと) 995
8 トキ襲った動物は死をもってその罪を償え なゆら 942
9 窓際なトトさん 金武宗基 400
10 試験 ロロ=キタカ 764
11 ものがたり よこねな 814
12 地熱 おひるねX 911
13 エレクトロチャイルド キリハラ 999
14 『愛蓮説に添ふ』 吉川楡井 1000

#1

おれの50センチ間隔とおまえの50センチ間隔

 なにげなく、新幹線の線路を近くで見たら、50センチくらいの間隔で、左右をネジで止めてあった。50センチくらいをキープしたまま、ずっと向こうまで、見えなくなるまで、しっかり止めてある。
 一番最初に、このネジを止めた人は、一体どうやったのか? 少しだけ気になった。

「君は東京と長野、どっちからはじめたいのかね?」
 ネジを止め始めるとき、ネジを止める係の人が、そう質問を受ける。どっちからやっても一緒だから、誰だって、好きな方から始めたいんだ。「長野からでおねがいします」と、答える。すると、「今回は、50センチ間隔で行こうと思ってる」と、説明を受ける。
 さあ、そこからがわからないんだけど、ものすごいでっかいリュックに、ネジをパンパンに詰めて、長野からはじめる。初日は、夢中でネジを止める。でも日が暮れたときに、周りに泊まるところが近くにない場所だったら困る。どこまでネジ止めたかわかんなくなったら大変だし。なによりも、途中でリュックの中のネジがなくなっちゃたら、どうやって補充するのか? 一回で全部のネジを持てないと思うし……。
 ということは、かなりの大人数でで分担したはずだ。
 一人一人、持てるだけのネジを持っていく。
「はい、きみは1000個ね」
「はい、じゃあきみは2000個ね」。
 当然、混乱しないように、線路のどこからどこまでを担当なのかはっきり決めておくのが大事。でも、そこは人間のすることだから、ズルをしたい気持ちが芽生えてくるはずだよ。
「50センチ間隔って言われているけど、おれのところだけ70センチ間隔でやっちゃっても大丈夫なんじゃないだろうか?」
 という気持ちがそれだ。だけど結局、70センチ間隔で自分の分担を終えた人は、当然、最後、リュックのなかにネジが300個くらいあまる。この300個を彼はその後どうしたのか? 帰り道に川に全部捨ててったのか? 僕はそこが知りたいんだ!
 逆もある。50センチで間隔でやろうと思ってたのに、なんか微妙に48センチくらいでやっちゃってたらしくて、残り100メートルのところまで来て、リュックの中身を確認したらもうネジが3つしか残ってない、という人もいたはずだ。もしも、新幹線の線路をながめていて、急にネジの間隔がめちゃくちゃ広くなってるエリアがあったら、そこは彼の担当だったに違いない。


#2

手紙

勉三のカゴに手紙が入っていた。

「勉三」とは僕が密かに名付けた自転車で名前である。

白い封筒に「前川様」と達筆で書かれた文字は、昨日の雨で少し滲んでいた。

「なんだこれ?」とヒトリゴト。

すぐに開けようと思ったが、どうせ管理人のバァさんが、自転車の置き方だとか、タバコの吸殻がどうだとかの類の暇つぶし系、説教系の手紙だろ?

そんな、好きな子からの手紙なんていう、ロマンチックは、中学の机の奥に固くなった給食パン諸共おいてきたぜ。

そんなことより、時給1000円以上可のアットホームな職場が自慢のバイトの面接の方が大事だぜ、アバヨ。

と、勉三にまたがり、走り出す。

面接場所まで、信号機に止まらなければ10分

面接時間までも10分。

今更ながら、ドラマの再放送をしっかり見てしまった自分に後悔。

からの、怒りの方向転換。

もし間に合わなければ、二本連続でドラマの再放送を放映したテレビ局に抗議の電話を入れてやる。

と、わけわかめな決心。

この強い決心が社会の歯車になんの役にもたたないことは、モンスターニート(自宅警備隊長)にもわかっている。


そしてなんなく、二つ目の信号(一番赤が長い)にひっかかり、抗議決定、アットホームさよなら。

「だぁーーもう。まぁいっか」と独り言。

タバコに火を付け、勉三のカゴから白い封筒をとりだす。

ビリ

ビリビリ





{ゴミは火曜日、金曜日     管理人}


#3

プランテーション

 駅前の大通り。両肩が重い。深夜二時までパソコンをしているみたいだ。それか、ボーリングの玉の入ったリュックを背負って、何時間も坂道を、上り続けているようだ。
 見ているようで見ていなかった足元が、アスファルトの上から、土の上に足跡を付けている。頬に蝿がとまり、頭をもたげると密林――。いや、白い樹木が、等間隔に並ぶここは、ゴムのプランテーション。どこまでも続く、パラゴムの木。
 木々は、どれも一本の傷を付けられていて、体を纏うような一筋の下、ヤシの実の器が、こぼれ来るそれを受け止めている。なぜこんな所を、歩いているのだろう。どちらを向いても、白い木々が等間隔に並ぶだけで、前という表現は、自分の体の前面が向く方向でしかない。ただ、冷気を含む空気と木漏れ日は、気持ちがいい。
 歩き続けていると、一帯の黒い塊が見えてきて、酷くうっそうとしている。ゴムの木に替わって現れたのは、まだ背の低い、パームオイルの木。中に入れば日差しが減り、重く垂れ下がる枝葉の下を、希望無く、くぐるようにして進んでいく。そして、松ぼっくりのような樹皮の上部に実る、硬く重々しい油ヤシの実。
 地面の上にも、大きな枝葉が落ちていて、泥濘に、何度も足を取られる積み重なりが、なぜこんな所を歩いているのかと、考えさせる。いつまでも、抜ける事の叶わない道程に、不安になる。生まれた焦りが、冷たい汗を出させ、時間を長く感じさせる。
 木々それぞれに、塊になって実る油ヤシの実は、どこを見るでもなく、そこに存在するだけなのだけど、それはまさに、新しい命――。生まれ続ける黒い実が、いつか地面を覆い尽くしてしまいそうだ。
 垂れ下がった枝葉の間から、カカオの木の姿を見ると、這い出すようにそこへ出た。弦の張る角を持つ、灰色の一頭の水牛が、地面の草を食べていた。奥には土色の川が流れていて、川に沿って歩き始めた牛に付いていく。ここまでの道をふり返って、「人工的な密林」ついそんな言葉を吐いてみた。
 牛の後ろを付いていくと、林の果てに現れたのは墓地で、所狭しと並んでいる。隣には彼方から伸びてくる、一本の線路があって、この先もただただ広がる平野。
 この世界にいるはずの、まだ姿を見せない人々は、何を持ってここに来るのか。ここからどこへ向かって進んでいくのか。
 どこからか、聴こえてきた喧騒に振り返ると夢十夜。ここでは所狭しと並ぶ、人の背中が揺れていた。


#4

ないものねだり

 とてもぶっちゃけた話をすると、僕は机の上の小坂井の存在に戸惑っていた。当たり前だ。23時を回った教室に人間がいることは間違いなくイレギュラー。しかも、小坂井は僕を見て「待ってたよ」と微笑んだ。あの微笑は気味が悪かったな。僕の手に持った金属バットと小坂井の手にある中華包丁の光と同じぐらい、気味が悪い。
そういえば小坂井の中華包丁は何のための中華包丁なのだろう。僕はぼんやり考えた。僕の金属バットは小坂井の机を叩き潰すためにあるのだが、小坂井もそうなのだろうか。しかし、小坂井が僕を待っていたと言った以上、僕は小坂井の中華包丁と関係を持っていることになる。なんだろうか。
「三井にはわからないよ。私の包丁の理由」
 何も言ってないのに小坂井がそう指摘した。こいつはエスパーか何かなのだろうか。しかし、そうならば小坂井の包丁はどこに収まるのだ。
「単に三井をズタズタしてやろうとしただけ」
「僕を?なんで」
「それは三井もわかってるでしょ」
 まったくだった。小坂井が僕をズタズタしたい動機と僕が小坂井の机を壊したい動機は同じに違いないのだから。
 僕も小坂井もこの教室においてはイレギュラーな存在だった。イレギュラーは同じ空間に二人もいらない。だから僕は小坂井がしばらく来れないように机を叩き潰そうとしたのだが、どうやら小坂井は僕を完璧に排除するつもりらしい。恐ろしい奴だ。
「で、どうするんだ?今から僕を殺す?」
「んー、そのつもりだったけど萎えちゃった」
 こいつは恐ろしいうえに身勝手だった。僕の恐怖心だとか何だとかを返してほしい。そういうと、小坂井はにやり、と笑って机から降りた。
「まぁいいじゃないの。そういう体験は貴重よ?じゃ、私は帰るから。また明日ね、三井佐知子ちゃん」
「じゃあな、小坂井知之君」
 お互い皮肉げに名前を呼び合う様はひどく滑稽だった。しかし、藍色のセーラー服を着た男子が中華包丁を持って帰る姿の方が数倍滑稽だった。
 まぁ、女子のくせに学ランを着て金属バットを持っている僕も似たような物なのだろうが。


#5

夏祭り

 温かな提灯の灯りが、夜の闇を照らす中、少年と少女は、人混みの中を駆け巡った。屋台のおばちゃんと話し、町会のおじちゃんと遊び、同級生と戯れて、夏祭りを満喫した。
 盆踊りが終わった。突然、辺りが静かになっていく。
「子供はもう帰りなさい。」
警備員が、冷淡に促した。
「はい…」
二人は公園を後にした。高揚は消えないものの、何だか名残惜しいような、不思議な感じがした。
「ねえ。」
少年が少女を見た。少女は、
「なによ。」
と返した。祭りのときとは違う、ぶっきらぼうな口調だった。
「なんでもねえよ。じゃあな。」
少年は慌てたように、同じく乱暴に返すと、走って夜の闇に消えた。少年と少女は、少年と少女に戻っていた。
一年が経った。また夏祭りになった。公園の入り口で、二人は顔を合わせた。躊躇いながら、そっと近付いた。
「行こうよ。」
少年が言った。
「行こうか。」
少女が返した。
少年と少女は、小さく微笑むと、祭りの光に消えた。
少年と少女は、また1つになった。


#6

低温都市祝杯日

「まもなく32番ホームに快速新京都行きの電車が参ります。危険ですから白線の後ろでお待ちください」
そんな駅員のアナウンスが、有名無実なただの慣例となって既に久しい。
あたしの顔は酷く不機嫌に見えるだろう。『現代人向けの衛生的なデザインなのです』そう銘打たれた構内のカラーリングは眩しく白い。一切の汚染を拒絶する抗菌セラミック。この前じゃ背伸びしたルージュも本当にささやかな、取るに足らない抵抗にしかならない。

果たして今年に入って、東京には何回雪が降っただろう? 二日前には旧世代の原子炉搭載型コロニーが小笠原南西20マイルの海上に墜落したとニュースで見た。浴びれば即死級の放射線風が半年間吹くらしいが、真っ白いドレスと日傘でめかし込んだご婦人方は平素と変わらぬ暢気な会話をするのみだ。
東京を覆うケミカルガラスは曇っているから空は見えない。でも誰も興味がない。緩慢な朝日が照らす高層ビルの森林の方がずっと目に付く。これらの塗装もまた病的なまでに白い。白は東京人のトレンドだった。赤は野蛮な色となった。

白は傲慢だと思う。かつて世界には多くの不慮があった。それらを克服する手段として、我々は不慮が起こり得ない構造こそ至高と定め、殆どそのためだけに技術は発展した。安全は世の真実になった。例えばその辺のネットダイレクトで買える一般的なカッターナイフは、紙はよく切れるが指に刃が触れると傷を付ける前に液状化する。この電車も同じだ。670km/hで疾走する金属塊は人体を透過する。不慮は愚かな過去の遺物となった。野蛮の赤を安全の白が支配した。糞喰らえ。

気に入らないから。それで理由は十分だと話すと、君は実に下らない事を企むねと友人は笑っていた。
次の終戦記念日、あたしは二十歳になる。小娘でいられるのがあとひと月しかないんだって言葉を続けた。美学は大切だ。青くさければ尚いい。そういうものを盲目に愛せる子供のうちに成しておきたかった。

方策は手の中にあった。とてもシンプル。旧世代の銃弾を運転席にひそませた。理論上数京分の一でしか発生しえないとか言うセキュリティエラーに付け込んだ。飛び降りた線路の上、野蛮な5,56mmがあたしの心臓を華麗に貫く。飛び散る。
今どきの東京人はいちどだって見たこと無いだろう鮮烈な赤が白い車体を征服する。愉快で唇が歪んだ。陳腐な言い方だけれど、確かにあたしは生きていたんだって実感があった。


#7

ローソンで待ってる

あいつらが寝静まったら、また『ローソン』に行こう。レオンは今日来るのかしら?だいたい本当にあいつ、学校に行ってないのかしら?腕なんか真っ黒に日焼けしてたし、「自宅用の日サロがあるんだよ。深夜の通販で買ったんだ」っていうのも、怪しい。

レオンも学校に行ってない。どのくらい?って聞いたら「20光年くらい。」だって。「光年」は速さの単位なのよ、馬鹿。でも私も馬鹿だから、レオンは「友達」ってことになるのかしら?「友達」だって。うげぇー。タモさんじゃあるまいし、「友達の輪」とか気色悪いし。大体、二人で「輪」なんて作ったら、騎馬戦の下で支えてる人みたいになるし。上に乗る人がいない「馬」なんて本当にマヌケ。

おでんの匂いが、一年中するのよね、ローソンって。いたいた。レオンがゲーム雑誌を立ち読みしている。
「ネクラ!雑誌は買って読め!」
「お、来たな。今日あたり来ると踏んでたよ。ちょっと待って、ここだけ読ませて。」
「ストーカーか?なんで私が来ることを『踏む』んだよ!気持ち悪い。ねえ、ポテチ買って。」
「分かった分かった。ちょっと待って。」

レオンが言う。「ねえねえ、すごい事を思いついたんだけど、聞いてくれる?」
一つはここで食べて、一つは部屋に持って帰ろう。この時間なら、お巡りさんも来ない。コンビニの前で、深夜徘徊。
「君と僕でね、会社を作る。」
「会社?何の?」
「それはこれから考えるとしてさ。とりあえず作るんだよ。そうすりゃ集まる名目もできるじゃない。僕らには競合相手も少ない。チャンスだら!」
何よ「チャンスだら!」って、全然言えてないじゃない!そんなんじゃ、チャンスの方から逃げて行くわよ。
「でも僕たち、学校に行ってないから、きっと相手になんか、されないね。」
「そうかもね」
「何だよー!ポテチ買ってやったろー?少しは励ましたりしてくれてもいいじゃない!そうやって人は支え合うんだぞーう!」
支え合っていつか死んでいくなら、一人でこうやって夜に潜っていた方がいい。
「もうすぐ夜が明けちゃうね。僕らの時間はあまりにも短いよ。昼間の奴らは、僕らの倍は時間を持ってるんだ。不公平だ。」
「そろそろ帰るわ。あの人たちが起きてきちゃう」
「ん?分かった。じゃあまたここで。」
「ポテチありがと。」
また会いましょう。レオン。でももしかしたら、もう二度と会わないかもしれないわね、レオン。早く隠れなきゃ。バイバイ。私の友達。


#8

トキ襲った動物は死をもってその罪を償え

めええええええ、と鳴いてトキは死んだ。差し出した美味そうな肉をついばむこともなく死んだ。突然襲われたのだ、襲った相手はそんなに深く考えていない。自分のやったとこに対する重みを全く感じていない。山に住む純朴な力士だった。力士は生き物を捕まえ焼いて、あるいは山の植物を摘み焼いて生きていた。眼の前にトキがやってきたらそれはごちそうだと判断しても無理はない。力士の強烈な一撃を受けてトキは瀕死状態、力士は獲物をまず瀕死にし、しばらくほったらかしにして、また取りにくるという習性がある。その間に熟成すると考えているようで、そのしばらくの間にトキのもとにやってきた俺であった。この珍しい鳥をこんな目にあわせてなおかつ焼いて食うなんて野蛮、力士のやつめ、と俺は思った。それで、その重い罪を償わせるために俺は鎖帷子とチェーンをもって力士の住む洞穴に足を踏み入れた。中は完全な真っ暗闇で、目が慣れるまで、もしここで力士が突っ張りを噛ましてきたなら俺は終わるな、などと嫌な想像をしてしまったが、目はすぐになれ、ぼんやりと見えてきたそこに、子力士が4匹いる。子力士は肩を寄せあい、こちらを興味深そうに見ているではありませんか。俺は警戒心を解いて子力士に手を差し伸べる。こんなにも無邪気な力士がトキをあんな目にあわせているのだ。惑わされてはいけない。自分に言い聞かせながら、子力士を引っぱり上げ、一匹一匹断髪していく。力士にとって断髪は存在の消失であるから、断髪した子力士はみるみるうちにしぼんでモデル体型になってしまう。そして横綱審議委員会に立候補するものや、相撲解説者として大成するもの、アメリカンフットボールに挑戦するものなど様々、俺は人生の岐路に立つそいつらを見ている。うまくいけばいいな、とつぶやいてみる。もうトキにちょっかいだすんじゃねえぞ。と、そのとき、洞穴に、スポンサーの看板をもった人々がどんどん入ってくる。永谷園やらソフトバンクやら、洞穴の中を一周周り、外へ出て行く。力士が帰ってきた。何者かが自分の洞穴の中に入っていて何かよからぬことをしていると感じ取り、臨戦態勢になっている。行司の木村某がついてきている。俺は手をついてみあった。制限時間一杯。見合ってみあって。はっけよい、のこっ!


#9

窓際なトトさん

プリウスが中国生産に移った。国内生産は円高
で無理、北米生産も無理。
国内の第二次産業の終わりを静かに教えた。

アメリカはテロ対策貧乏に。ベトナム戦争の時のように。

ロシアの聖書も、アメリカの聖書にも、書いてある。

金持ちが金を社会に撒けば事態はかわるのだが、
猿が壷の中の豆を握ってるために、手が抜けずに飢え死にだ。

親米の国がこんなにも少なかったなんて。

革命はいらない。ゆっくり内側から崩壊するから。

貧乏人が貧乏になっても自殺しないが
金持ちが貧乏になったら、大変だ。

近代化のしわ寄せは適応者と不適応者を産み出した。
近代憲法、近代工業、スピード、歯車、競争、肥大化、プライド、チキンレース。

適応者は考えなくて済む人。
想像力の無さは思いやりの無さ。

のしあがる必要はない。勝手に下がるから。

静かに内側から崩壊する、、、

下層の者達が浮かび上がる、、、

ローマ帝国は強大な故に崩壊した。



知らない。


#10

試験

「 (取消訴訟に関する規定の準用)
第三十八条  第十一条から第十三条まで、第十六条から第十九条まで、第二十一条から第二十三条まで、第二十四条、第三十三条及び第三十五条の規定は、取消訴訟以外の抗告訴訟について準用する。
2  第十条第二項の規定は、処分の無効等確認の訴えとその処分についての審査請求を棄却した裁決に係る抗告訴訟とを提起することができる場合に、第二十条の規定は、処分の無効等確認の訴えをその処分についての審査請求を棄却した裁決に係る抗告訴訟に併合して提起する場合に準用する。
3  第二十三条の二、第二十五条から第二十九条まで及び第三十二条第二項の規定は、無効等確認の訴えについて準用する。
4  第八条及び第十条第二項の規定は、不作為の違法確認の訴えに準用する。」
「準用が多いですよね。そこが狙われやすい。しっかり勉強してね。それから他にも・・・」
「(抗告訴訟に関する規定の準用)
第四十一条  第二十三条、第二十四条、第三十三条第一項及び第三十五条の規定は当事者訴訟について、第二十三条の二の規定は当事者訴訟における処分又は裁決の理由を明らかにする資料の提出について準用する。
2  第十三条の規定は、当事者訴訟とその目的たる請求と関連請求の関係にある請求に係る訴訟とが各別の裁判所に係属する場合における移送に、第十六条から第十九条までの規定は、これらの訴えの併合について準用する。」
「これも多いよね。狙われやすい。それからそれから・・・」
「(審査請求に関する規定の準用)
第五十六条  第二節(第十四条第一項本文、第十五条第三項、第十八条から第二十条まで、第二十二条及び第二十三条を除く。)の規定は、再審査請求に準用する。」
「引用準用多いよね。結構答えにくい問題作れるから。ちゃんとべんきょうしといてね」


#11

ものがたり

 道端の古びた小さな辻堂に、真白い猫がするりと入って行く。動きを追った視線の先で、ぴんと伸びた尾の先が誘うように揺れ、消えた。
 男は思わずアクセルを緩め、視界の端を過ぎゆこうとする辻堂を目で追った。早朝、仕事場へと向かう道中のことである。今、あの猫を追いかけたなら──、考えがよぎる。追いかけたなら、小さな社と土壁のその狭い隙間の奥に、何かが待ち受けている。そんな非現実的なことを本気で考えたわけではない。わけではないが、一瞬の幻のような光景は、非日常への入り口に相応しい雰囲気をまとい、妙に心に残った。子供の頃に読んだものがたりでは、異界への扉は決まって日常の隙間にふいに現れるものだった。庭の兎穴、家壁と雪の庭塀の間、箪笥の奥の毛皮を潜り抜けたその先、幼心に憧れたいくつもの光景が脳裏に浮かぶ。その僅かな逡巡の間にも浅く踏んだままのアクセルで車は農道をのろのろと進み、すぐに辻堂は視界から流れ去った。男はひとつ首を振り、時計に目をやると、いつもの通り仕事場へと急ぐ。

 幾年か過ぎ、男はごくありふれた小さな出会いを経て家庭を築く。ある晩、男は幼い娘を寝かしつけるため、ふと思い出した辻堂の情景を拙いものがたりに仕立て、訥々と語り聞かせる。真白い尾に招かれるのは無論通勤中の男ではなく、辻堂の前をひとり散歩する幼い少女だ。父と子は同じ早朝の澄んだ空気の中で、それぞれの目線の高さから、道の端に立つ煤けた木造の社を、崩れかけた土壁を、その隙間に軽やかに歩を進める白猫を、見つめる。話の結末も聞かぬうちにとろとろと微睡みだした幼子は、揺れる尾を追いかけ躊躇いなく辻堂の隙間に滑りこんだ。

 こうして、ついに苦境の地神は幼い人の子の助けを得、誰にも知られぬまま消え行こうとしたものがひとつ、誰にも知られぬまま留められた。ひとつのものがたりが生まれる。
 幼いこどもは目覚めると、もう新しい一日に夢中で、男がその小さな冒険を知ることはない。


#12

地熱

空いっぱいに雑誌のグラビアページが広がっていた。閉じた瞼の裏に圧倒的な質量で富士がのしかかってくる。

涙のような水面に田植えられたばかりの苗が逆さまつげのごとく目につき刺さる。

逆さまの富士は身動き一つできず写し取られて小さな千枚田のかけらに閉じ込められていた。

これはうそだ。見事にうつし見せる夢の世界だ。明るい太陽が大地の下から照りつける。頭が重い。足は重さは気の迷い。

富士見坂の峠道にカーブミラーが立っている。歪んだ一ツ目を斜にすかしてあらぬほうを監視している。

見開きに断ち切られた余白は、暗黒紫に光を吸い取り。暗い顔が裏から見えている。

シャッターチャンスをものにした。それから、カーブミラーをずらした。そんなことお構いなしに千枚田は空に続く竜の鱗のように迫っている。

谷間深く流れる清流は勢い良く、ちょろちょろと、空に向かって吹き流れてすずしげだ。そして、裏から見ているのは己身の顔だ

バックには、螻蛄やゴキブリハエに蛆虫が食い込んでいる。

身をゆだねたら綺麗にしてくれる。人頼みで天国へのぼれる道だ。一番美しいのは栄養を吸い尽くしたあとの透明な残渣である。
栄養があるから色がつく、色がつくから混ざり合い、華麗な豪奢が灰色になりはてる。美は混ざり合うとぐにぐにと色を失う。だからこそ
見つけた美をおのれ一人のものとしてなにが悪かろう。

胸がこそばゆい。そうだここの胸の肉一ポンドは血を流さずに綺麗に切り取れる裏返しの世界。腹の上の重みがなつかしい。

喜びをわけてあげよう渇望の満足のために吹き上げて暖めてやる。一夜が忘れがたく次ぎ夜が待っていて、同じ夜が続く恐怖。

秋の日差し、光が肌に痛い。それが心地よい。あの綺麗に光る千枚田が不気味な爬虫類のようにうねる。

逆さ富士は巨大な甘食の様にとんがって、セピア色のチョークの先端が腹におしつけられ甘く食い込む。世界はばらばらに分解して離れていく。

すべての動きは計算され時間さえ逆転すれば元に戻る。しかし、時間は戻らない。人間が傷つけて鱗のように光る水田。
巻付いて締め上げて身のいたずらに取り込まれる

目覚めると、蝦夷富士、鳥海山を借景にした、千枚田の裏奥に地熱発電の雲がゆるゆると立っていた。


#13

エレクトロチャイルド

「レディオヘッドってあったじゃん」
「てか今もあるけど」
「てかって何」
「と、言いますか。つまり」
「てか」が口癖の春は、それとなく注意しても気付かない。他にも開口一番「全然関係ないんだけど」「それこそ」「逆に」と脈絡なく使うので、苛つかされる。飲み会ではしばしば喧嘩になる。
「まあそれはそれとして」
「てか五月って、よく「それはそれとして」とか「まあ」とか使うよね。あんま良くないよ」
 うっせえ。
「レディオヘッド、村上春樹はレイディオヘッドって書いてたじゃん。『海辺のカフカ』読んでタワレコに行ったおじさんがみんな困ってたって」
「何で」
「レイディオヘッドじゃ分かんないって」
「ああ、正確過ぎて。逆に」
 最後は石畳の凸凹に揺らされてほぼ聞き取れなかった。我が大学のキャンパスは修道院をモチーフに作られたらしく、一面秋色のブロックが敷き詰められている。春にはタンポポ、夏は雑草、雨の日はよく滑る。そしてスクーターの二人乗りには適さず、法定速度を守っているにも関わらず、私達の身体は田舎道を行くバスよろしくがたがた揺れている。
 さっき食べたラーメンが遡上しそうだ。
「ラジオヘッドって呼んでた奴もいたよね」
「日本的にはいいのかもしれないけどさ、わざわざ呼ぶのは変なこだわり感じちゃうぜ」
「逆に」
 そう。空は高く、平べったくなった雲が高気圧にやられて高速移動中。私達は威勢を失った並木をパイロンにしてスラローム。
 脇を理工学部棟が通り過ぎた。
「てか理工の人達ってラジオヘッドか、それこそラヂオヘッドなんて言いそう」
「いたいた。自分らと重ねてんだ。電波だから。まーレッドツェッペリンをゼッペリンと呼ぶみたいで可愛げあるけど、逆にそっちは知らないんだろな」
 電波頭の理系は、多分。でも、ツェッペリン飛行船にはロマンを感じていたり、そこでゼッペリンを用いるのかもしれないなあ。
「五月?」
「それはそれ」
「てかその言葉遣いあんま好きじゃない」
 ふん。案外、春も私と同じような事を考えているのやもしれない。
「春。今度来日したら絶対行こ!」
「トム・ヨークもっと禿げてるかな!」
 スロットル全開、大きな水たまりを飛び越えんとする。車体、上手く浮き、汚い水面に真っ黒な私達と深い空。
「当たり前じゃん!」
 馬力足らずのスクーターはど真ん中に着水する。周りの理工生が怒り狂う。大笑いする私達は、それこそラヂオヘッドに見られている。逆に。


#14

『愛蓮説に添ふ』

 抱く口実、世辞に過ぎないのだが、入墨が似合う女だと思った。

 そもそも猛々しい竜虎や絢爛豪華に舞う花吹雪であれば、その筋の息がかかった女に違いないし、男の頭文字や薔薇十字であれば出来心を不憫に思えたりもするのだが、その実、貼り物ではなくきちんとした彫り物で、肩甲骨に水芙蓉が咲いていたりする。華は朱く、浅黒い肌との不調和もあって毒々しく映え、これで肌は真珠色、髪も脱色していない淑女であれば、病的に落差を悦べたかもしれない。然し、週末の夜に繁華な社交場で出会い、酒に浸かっているからとのこのこ付いてくるような女だから、愕きはしなかった。
 とは言え蓮華紋様は行為に及ぶまでの雑談には適ったし、何より触れるも憚れるような出来ではない。葉を指でなぞれば、さぞや瑞々しい質感を味わえるのではと好奇が欲を掻き立てたりもした。


 予独愛蓮之出淤泥而不染
(私は蓮が好きだ。泥より出づるも泥に染まらず)
 濯清漣而不妖 中通外直
(漣に洗われても悪い方向へ流されることがなく、芯がしっかりしており外観はすらりとして立っている)
 不蔓不枝 香遠益清 亭亭浮植
(蔓も枝もなく仄かな香りを漂わせ高々として立っている)


 蓮っ葉というと品のない女を表す。てっきりその意が込められているのかと思えば、割りと根はしっかりしていて、湯浴みで汗を流す頃には素面に戻って股の内を強張らせていた。許すというより諦めたかの如く寝台に寝そべり、私の顔をまじまじ見詰めてくる。だのに、互いの距離を縮めんと見詰め返す私の視線からは、逃げるように目を逸らす。繰り返していたら私も冷めた。
 そうして交わることなく二時間ばかし過ごし外に出た。自販機で水を買い、共々にがぶ飲みする。休憩代と合わせて五千何某、と頭で勘定している私の手を握ったかと思うと、指先で爪を撫でてくる。何を今さら、と心中で毒づきながら左手を預け、それらが解かれたのち二人は永遠に別れた。

 夜更けの金曜、繁華街を歩くと彼女のことがよく浮ぶ。蓮華は輪廻の象徴でもあるから、後世の何処かで結ばれるさだめと思おう。けれども、現心で抱く思いが恋に似ながら恋ではない我儘なものであるように、常に幸福からは疎遠に在るのだと私は思う。
 忘却の彼方のひとつ手前に在り続け、永劫目映く見えればそれでいいのではないかとも思う。


 可遠観而不可褻翫焉
(蓮は遠くより眺めるがよく、近づいて手に触れるべきものではない)


編集: 短編