第108期 #6

低温都市祝杯日

「まもなく32番ホームに快速新京都行きの電車が参ります。危険ですから白線の後ろでお待ちください」
そんな駅員のアナウンスが、有名無実なただの慣例となって既に久しい。
あたしの顔は酷く不機嫌に見えるだろう。『現代人向けの衛生的なデザインなのです』そう銘打たれた構内のカラーリングは眩しく白い。一切の汚染を拒絶する抗菌セラミック。この前じゃ背伸びしたルージュも本当にささやかな、取るに足らない抵抗にしかならない。

果たして今年に入って、東京には何回雪が降っただろう? 二日前には旧世代の原子炉搭載型コロニーが小笠原南西20マイルの海上に墜落したとニュースで見た。浴びれば即死級の放射線風が半年間吹くらしいが、真っ白いドレスと日傘でめかし込んだご婦人方は平素と変わらぬ暢気な会話をするのみだ。
東京を覆うケミカルガラスは曇っているから空は見えない。でも誰も興味がない。緩慢な朝日が照らす高層ビルの森林の方がずっと目に付く。これらの塗装もまた病的なまでに白い。白は東京人のトレンドだった。赤は野蛮な色となった。

白は傲慢だと思う。かつて世界には多くの不慮があった。それらを克服する手段として、我々は不慮が起こり得ない構造こそ至高と定め、殆どそのためだけに技術は発展した。安全は世の真実になった。例えばその辺のネットダイレクトで買える一般的なカッターナイフは、紙はよく切れるが指に刃が触れると傷を付ける前に液状化する。この電車も同じだ。670km/hで疾走する金属塊は人体を透過する。不慮は愚かな過去の遺物となった。野蛮の赤を安全の白が支配した。糞喰らえ。

気に入らないから。それで理由は十分だと話すと、君は実に下らない事を企むねと友人は笑っていた。
次の終戦記念日、あたしは二十歳になる。小娘でいられるのがあとひと月しかないんだって言葉を続けた。美学は大切だ。青くさければ尚いい。そういうものを盲目に愛せる子供のうちに成しておきたかった。

方策は手の中にあった。とてもシンプル。旧世代の銃弾を運転席にひそませた。理論上数京分の一でしか発生しえないとか言うセキュリティエラーに付け込んだ。飛び降りた線路の上、野蛮な5,56mmがあたしの心臓を華麗に貫く。飛び散る。
今どきの東京人はいちどだって見たこと無いだろう鮮烈な赤が白い車体を征服する。愉快で唇が歪んだ。陳腐な言い方だけれど、確かにあたしは生きていたんだって実感があった。



Copyright © 2011 ボリス・チリキン / 編集: 短編