第108期 #4

ないものねだり

 とてもぶっちゃけた話をすると、僕は机の上の小坂井の存在に戸惑っていた。当たり前だ。23時を回った教室に人間がいることは間違いなくイレギュラー。しかも、小坂井は僕を見て「待ってたよ」と微笑んだ。あの微笑は気味が悪かったな。僕の手に持った金属バットと小坂井の手にある中華包丁の光と同じぐらい、気味が悪い。
そういえば小坂井の中華包丁は何のための中華包丁なのだろう。僕はぼんやり考えた。僕の金属バットは小坂井の机を叩き潰すためにあるのだが、小坂井もそうなのだろうか。しかし、小坂井が僕を待っていたと言った以上、僕は小坂井の中華包丁と関係を持っていることになる。なんだろうか。
「三井にはわからないよ。私の包丁の理由」
 何も言ってないのに小坂井がそう指摘した。こいつはエスパーか何かなのだろうか。しかし、そうならば小坂井の包丁はどこに収まるのだ。
「単に三井をズタズタしてやろうとしただけ」
「僕を?なんで」
「それは三井もわかってるでしょ」
 まったくだった。小坂井が僕をズタズタしたい動機と僕が小坂井の机を壊したい動機は同じに違いないのだから。
 僕も小坂井もこの教室においてはイレギュラーな存在だった。イレギュラーは同じ空間に二人もいらない。だから僕は小坂井がしばらく来れないように机を叩き潰そうとしたのだが、どうやら小坂井は僕を完璧に排除するつもりらしい。恐ろしい奴だ。
「で、どうするんだ?今から僕を殺す?」
「んー、そのつもりだったけど萎えちゃった」
 こいつは恐ろしいうえに身勝手だった。僕の恐怖心だとか何だとかを返してほしい。そういうと、小坂井はにやり、と笑って机から降りた。
「まぁいいじゃないの。そういう体験は貴重よ?じゃ、私は帰るから。また明日ね、三井佐知子ちゃん」
「じゃあな、小坂井知之君」
 お互い皮肉げに名前を呼び合う様はひどく滑稽だった。しかし、藍色のセーラー服を着た男子が中華包丁を持って帰る姿の方が数倍滑稽だった。
 まぁ、女子のくせに学ランを着て金属バットを持っている僕も似たような物なのだろうが。



Copyright © 2011 工藤睡 / 編集: 短編