第108期 #12

地熱

空いっぱいに雑誌のグラビアページが広がっていた。閉じた瞼の裏に圧倒的な質量で富士がのしかかってくる。

涙のような水面に田植えられたばかりの苗が逆さまつげのごとく目につき刺さる。

逆さまの富士は身動き一つできず写し取られて小さな千枚田のかけらに閉じ込められていた。

これはうそだ。見事にうつし見せる夢の世界だ。明るい太陽が大地の下から照りつける。頭が重い。足は重さは気の迷い。

富士見坂の峠道にカーブミラーが立っている。歪んだ一ツ目を斜にすかしてあらぬほうを監視している。

見開きに断ち切られた余白は、暗黒紫に光を吸い取り。暗い顔が裏から見えている。

シャッターチャンスをものにした。それから、カーブミラーをずらした。そんなことお構いなしに千枚田は空に続く竜の鱗のように迫っている。

谷間深く流れる清流は勢い良く、ちょろちょろと、空に向かって吹き流れてすずしげだ。そして、裏から見ているのは己身の顔だ

バックには、螻蛄やゴキブリハエに蛆虫が食い込んでいる。

身をゆだねたら綺麗にしてくれる。人頼みで天国へのぼれる道だ。一番美しいのは栄養を吸い尽くしたあとの透明な残渣である。
栄養があるから色がつく、色がつくから混ざり合い、華麗な豪奢が灰色になりはてる。美は混ざり合うとぐにぐにと色を失う。だからこそ
見つけた美をおのれ一人のものとしてなにが悪かろう。

胸がこそばゆい。そうだここの胸の肉一ポンドは血を流さずに綺麗に切り取れる裏返しの世界。腹の上の重みがなつかしい。

喜びをわけてあげよう渇望の満足のために吹き上げて暖めてやる。一夜が忘れがたく次ぎ夜が待っていて、同じ夜が続く恐怖。

秋の日差し、光が肌に痛い。それが心地よい。あの綺麗に光る千枚田が不気味な爬虫類のようにうねる。

逆さ富士は巨大な甘食の様にとんがって、セピア色のチョークの先端が腹におしつけられ甘く食い込む。世界はばらばらに分解して離れていく。

すべての動きは計算され時間さえ逆転すれば元に戻る。しかし、時間は戻らない。人間が傷つけて鱗のように光る水田。
巻付いて締め上げて身のいたずらに取り込まれる

目覚めると、蝦夷富士、鳥海山を借景にした、千枚田の裏奥に地熱発電の雲がゆるゆると立っていた。



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