第108期 #13

エレクトロチャイルド

「レディオヘッドってあったじゃん」
「てか今もあるけど」
「てかって何」
「と、言いますか。つまり」
「てか」が口癖の春は、それとなく注意しても気付かない。他にも開口一番「全然関係ないんだけど」「それこそ」「逆に」と脈絡なく使うので、苛つかされる。飲み会ではしばしば喧嘩になる。
「まあそれはそれとして」
「てか五月って、よく「それはそれとして」とか「まあ」とか使うよね。あんま良くないよ」
 うっせえ。
「レディオヘッド、村上春樹はレイディオヘッドって書いてたじゃん。『海辺のカフカ』読んでタワレコに行ったおじさんがみんな困ってたって」
「何で」
「レイディオヘッドじゃ分かんないって」
「ああ、正確過ぎて。逆に」
 最後は石畳の凸凹に揺らされてほぼ聞き取れなかった。我が大学のキャンパスは修道院をモチーフに作られたらしく、一面秋色のブロックが敷き詰められている。春にはタンポポ、夏は雑草、雨の日はよく滑る。そしてスクーターの二人乗りには適さず、法定速度を守っているにも関わらず、私達の身体は田舎道を行くバスよろしくがたがた揺れている。
 さっき食べたラーメンが遡上しそうだ。
「ラジオヘッドって呼んでた奴もいたよね」
「日本的にはいいのかもしれないけどさ、わざわざ呼ぶのは変なこだわり感じちゃうぜ」
「逆に」
 そう。空は高く、平べったくなった雲が高気圧にやられて高速移動中。私達は威勢を失った並木をパイロンにしてスラローム。
 脇を理工学部棟が通り過ぎた。
「てか理工の人達ってラジオヘッドか、それこそラヂオヘッドなんて言いそう」
「いたいた。自分らと重ねてんだ。電波だから。まーレッドツェッペリンをゼッペリンと呼ぶみたいで可愛げあるけど、逆にそっちは知らないんだろな」
 電波頭の理系は、多分。でも、ツェッペリン飛行船にはロマンを感じていたり、そこでゼッペリンを用いるのかもしれないなあ。
「五月?」
「それはそれ」
「てかその言葉遣いあんま好きじゃない」
 ふん。案外、春も私と同じような事を考えているのやもしれない。
「春。今度来日したら絶対行こ!」
「トム・ヨークもっと禿げてるかな!」
 スロットル全開、大きな水たまりを飛び越えんとする。車体、上手く浮き、汚い水面に真っ黒な私達と深い空。
「当たり前じゃん!」
 馬力足らずのスクーターはど真ん中に着水する。周りの理工生が怒り狂う。大笑いする私達は、それこそラヂオヘッドに見られている。逆に。



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