第107期 #9
彼女は俺と夕焼けを見ていた。
瞳の中で、オレンジの点が光っている。
「無人島で遭難したら、何を持って行きたい?」
そんな仮定のはなしになんの意味があるというのだろう。
実際問題、今、我々は遭難の真っ最中であるというのに。
「やっぱり食料じゃないか?」
俺は妥当な答えを返した。
「チョコレートなんか丁度いいな。カロリーがあって、かさ張らないし」
「夢がないなあ」
ひどく残念な物言いをされた。
「じゃあ、自分は何を持ってくんだ」
「生クリームをたくさん使ったショートケーキ」
俺は呆れる。
「なんだよ、自分だって食べ物じゃないか」
「私の場合は、好きなものを言ったの」
なんだよ、その理屈。
「じゃあさ、今度は無人島に持って行きたくないもの」
彼女は俺に訊ねる。
俺はとりあえず回答を拒否する。
「今度はそっちから言えよ」
「え? そうだね。うーん、なにかな。うん、決まった」
「なににしたんだ」
「次郎くん」
虚を突かれた。
「なんで俺なんだよ」
「だって好きだから」
「?」
「好きだから次郎くんまで遭難させたくないもん」
俺は顔を背けた。
「あれ、照れてる?」
後ろから彼女の声がする。俺は耳を塞ぐ。
「はやく救助来ないかな」
耳を塞いでも彼女の声はよく聞こえた。
「九時から見たいドラマがあるの」