第107期 #10

風の惑星[改]~柏木ルイ

 ファーストストラクチャーは足の長さが一千メートルにもなる巨大なテーブルだ。風の惑星の人々はみなこのテーブルの上に住んでいる。テーブルの端に突き出た中学の校庭で、ルイは立ち上がり自分の尻を叩いた。彼女は今日ジーンズをはいていた。
「私も飛んでみたい」
「簡単だよ」
 とヒロが応じた。同じクラスのヒロは歴代最年少でこの星で最も栄誉あるグライダーマンに選ばれた。ヒロは小型ハンググライダーを広げルイにベースバーをつかませた。スイングラインをルイの体に巻きつけ、ルイの背後からコントロールバーをつかんだ。高度千メートルの風を受けて翼が起き上がり、ルイの体が少し持ち上がったやいなや、ヒロはひょいと走りふっと離陸した。
 ルイは目を閉じベースバーにしがみついた。背後から耳元にヒロがささやいた。
「力を抜いて」
「だめ、だめ。降ろして」
 ふと背後に人がいる感じがなくなってルイはびっくりして目をあけた。真正面にヒロの顔があった。ヒロはベースバーの下にぶらさがりルイと対面して笑っていた。
「ほら、見て。この風がぼくたちを乗せてくれているよ」
 ルイは顔を上げた。視界全体が青い空だった。
「学校はどこ?」
 ルイは悲鳴を上げた。ヒロが急にルイの右手側に体を寄せ、ハンググライダーが右に急旋回したからだ。青い視界の中に遠くファーストストラクチャー全体が遠望された――突然こんな空のかなたに――ルイがそう考える間もなく、ヒロが再びルイの背後に回って、コントロールバーを両手でつかんだ。一転してぐんぐんファーストストラクチャーが拡大してきた。眼下についさきほどまでいた中学校をやり過ごし、正面に電波塔が迫ってきた。電波塔の頂上にはぐるりリング状に椅子が取り付けられていて人々が羽を休めることができるようになっていた。そこは恋人たちの人気スポットで、いつも一定間隔でカップルたちが座り、ファーストストラクチャーの眺望を楽しんでいた。ヒロはひらり着地し、ハンググライダーを足元に引っ掛けて、ルイと並んで電波塔のてっぺんに腰掛けた。
 地球からの転校生、ルイは、強引にクラスの女子たちを牛耳ろうとしたことが仇になって、今ではクラスのまとめ役のエミリと対立し、孤立していた。――エミリを封じ込めなければならない。そのためにヒロを利用できないものか……。
「寒い?」
「いいえ」
 でもきっと寒いのだろうとヒロは思った。ヒロはルイを優しく抱き寄せた。



Copyright © 2011 朝野十字 / 編集: 短編