第107期 #19
今でこそミサイルは獲るものではなく育てるものになったから、海に出ることはまずない。幼いときには海から帰る親父を防火堰で出迎えたものだ。今日も大漁だったと拳を掲げ、豪快に笑う親父の姿が目に焼きついている。
そんな親父の体に腫瘍が見つかった。
養殖技術の発達は我が家に十haの養殖場を持たせ、より裕福にさせた。
場内が静かなのは昼休みだからだろう、生簀のなかの水音がやかましく感じるほどだ。親父はただじっと生簀を覗きこんでいた。俺が隣に立っても見向くことすらなかった。
「立入禁止だぞ」
「もう子どもじゃない」
忍び込もうものなら雷を落とす勢いで怒鳴り散らしてくる親父ではもうなかった。侵入を心待ちにしていたような気配もある。
「週末にゃこの半分が出荷するんだ」
「全部でどんくらい」
四百ばかし、と親父は自慢げに言う。十数個の生簀に張られた海水のなかを貪るように泳ぐ、独自進化で水没も錆付きもしなくなった、鉄の塊。艶やかな灰色の体色こそ金属のそれでありながら、うねうねと蠢く様は大きなナマコのようなミサイル。傍から見れば気味の悪い半機半魚の化け物だが、親父にとっては手塩をかけて育てた宝だ。その鍾愛は時に俺への愛より強いのではないかと思うこともある。
「やっぱ大変か、育てんの」
「そりゃな。特に稚魚は表皮が薄いから、ぶつかり合った衝撃で爆発しちまうこともある。臨界点を見極めんのもでけぇ仕事だ」
ごきゅごきゅとこすれて鳴る金属音は威勢のいい証だという。耳障りだが、親父には愛くるしく聞こえるのだろう。
「俺にも出来っかな」
あしらわれるのも承知で鎌をかけてみた。親父は、んん、と声でない声で返事を探っていたが、じきに予想したとおりの答えを返してきた。
「無理だな」
「どうしてだよ」
「漁業は専門知識の連なりだ。今や経営術にも秀でてなきゃならん。技術経験も要る。そのうえ特別コイツは、覚悟がいんだ」
ミサイルの出荷先は好戦国だ。嫌戦国を名乗って久しいこの国では想像もし難い戦地、地獄のような土地で多数が一生を終える。
「大事なのはな、戦争がなきゃ俺らも生きちゃこれなかったてことだ。子が食らう飯一口のために、他人の命とてめえが育てた命を犠牲にしてな。その覚悟、あんのかよ」
返答に窮していると、意地悪く親父は笑った。
「死んでも死にきれねぇぞ、この職は」
そう言って昔と同じ笑顔をうかべ、癌に巣食われた胸をさするのだった。