第107期 #18

首を抱く

 膝を突いて座った先に、目を閉じた彼女の頭がある。彼女のほうに伸ばした自分の手を、わたしは他人のもののように感じながら眺めている。彼女の肩にかかる長さの髪は、わずかに乱れていて、幾筋かがほんの少し左を向いた右頬に貼りついて、毛先が首筋をくすぐりたそうに流れている。寝巻きにしているらしいTシャツの首回りはよれていて、その向こうにある白と小麦色の肌が、呼吸のたび微かに上下している。
 わたしは彼女の肩の上に指を近づけていく。細い肩のくぼみに指を触れさせて、数センチ向こう、皮膚の下の骨を感じられるところに、つっと滑らせていく。そこから横に指の動きを変えて、かたくなめらかな骨の、やわらかな曲線をなぞる。Tシャツの布に行き当たったところで、指は彼女から離れる。んっ、と小さく鼻を鳴らす音で、彼女の寝息は一旦途切れ、しかしまた安らかで規則正しい寝息が聞こえ始める。わたしは気を落ち着かせるために、ふうっと細く息をついた。
 彼女の体は夏の薄い掛け布団に覆われて、けれど生身の右足がはみ出て太ももの半ばまであらわになっている。ゆるくまるく曲げられた右膝が、布団の中にある左足のほうに傾いて、かわいらしい感じになっていた。
 彼女の安らかな寝息と、傾いた膝のかわいらしさに、ただこのまま眺めていたい気持ちも抱いたけれど、わたしはまた彼女のほうに手を伸ばした。左右の耳を覆うように、そろりと挟むように持ち、左に傾いていた彼女の首を、同じほどの角度だけゆっくりと右に傾ける。続けて左に傾きを戻し、また右に傾ける。繰り返しているうちに、きこきこと継ぎ目の軋む音が聞こえ始める。引く力を加えながら、壊さないように、おそるおそる傾けることを続けて、そうしてふいに、軋みが軽くなる感触を覚えて、わたしは傾けるのを止めた。
 彼女の首を引いて持ち上げると、両手にずしりと頭の重さを感じた。息が詰まり、胸の芯がじわりと熱くなる。わたしは左手の上に彼女の頭をのせ、右頬にかかっていた髪を右手の指先で撫でて整えた。逆向きに持っていた彼女の頭を、耳の後ろの髪に指を差し入れるようにしながら持ち直す。彼女の寝顔を申し訳ないような気持ちで正面に見つめて、しばらくその安らかな寝息を聞いてから、わたしはそろそろと彼女を引き寄せて、とても大切なもののようにして、そっと胸に抱いた。



Copyright © 2011 西直 / 編集: 短編