第107期 #17

右脳は微笑する

 小さく可愛らしい女性。それが双子のマニー姉妹の第一印象だった。予定では姉妹二人とも来るはずだったが、眼前には一人しかいなかった。だが、確かに二人いたのである。
「どうも、弁護士のゴドワードです。ええと、失礼ですが、もう一人はどうされました? つまり、お姉さんか、妹さんは」
 私がそう訊ねると、女性は微笑を浮かべて、右手を差し出してきた。私がそれを握ると彼女は目尻を緩めて、
「アデーレ・マニーよ。よろしく弁護士先生」
「よろしくアデーレ。それでミデーナは?」
 私がそう言うと、アデーレは右手を引っ込め、今度は左手をスッと前に出して、
「ミ、ミデーナ・マニーです。よろしくお願いします、先生」
 全く同じ声音で、且つ全く違う口調で彼女は言った。私はぽかんとして空中に制止している左手を凝視していた。間抜けに口を開けたまま、私の脳味噌は様様な可能性を考えていた。悪戯か、解離性同一性障害か、それともホンモノさんか? 
 困惑する私に、アデーレは非常に慣れた調子で説明をしてくれた。
「私たちの人格は左脳と右脳に独立して存在するの。だから右半身は私アデーレの領分。左半身は奥手のミデーナの領分なの。顔はどちらの物でもあるけれどね。喋りは私の担当よ。ところで、先生。早速お話をしましょう。犬の糞より下らない男の話を」
 いまだに納得出来ない私を余所に、彼女達は訴える予定の恋人の不誠実さを懇切丁寧に教えてくれた。聞けばあまりにも馬鹿げた話で、彼女達の恋人は、二人の人格のことを理解した上で(恐らく不真面目に)、左半身だけを、つまりはミデーナだけを愛撫するというのだ。不平等なので平等に二人とも愛せという主張らしい。私はこの冗談事としか思えない相談に辟易しながらも、きちんと報酬分の仕事は果たした。彼女達とは何度も話をした。
 彼女達の右半身が、アデーレが恋人を斧で惨殺するまでは。
 彼女達は裁判で死刑判決を受けた。しかし、お優しき陪審員とキチガイじみた人権団体と神の手を持つお医者様がそれぞれに見事な仕事をした結果、死刑を執行されながらも、彼女は生き残った。電気椅子で黒こげになったのは、アデーレだけ、彼女達の左脳だけだったからである。
 刑の執行後に一度だけ、私は彼女に会った。
 麻痺した右半身を引き摺り、歪な微笑を浮かべながら、ミデーナは言った。姉の残滓の言語能力で。
「こここれ、で、やと、わたあたし……ヒと……リ」



Copyright © 2011 志保龍彦 / 編集: 短編