第107期 #13
「あれ見えます?モノレールの線路が、あそこから急に円形のカーブになってるでしょう?」
「え?ああ、見えるよ。」
「あれ、ワザとあそこで電車を周回させるために作ったんですって。本当なら、ほら、もっと手前のあそこから一直線に繋げば早いじゃないですか?時間だって節約できる。観光客に東京を全部見せるために、わざとああいう風に作ったんですって。友達がその工事のアルバイトをしてて、教えてくれたんです。」
お台場の側から、川を挟んで向こう岸に見えるビルの群れは、まるで東京の外側を守る、黒い壁のように見える。その屋上には、様々な会社の巨大な広告が夜中にも関わらず、赤々とライトアップされている。「ポンジュース」「DHC」「三菱地所」「週刊ポスト」
まるで、東京には何の危険もありませんよと言うように、人々に笑顔で訴えている。
「へえ、そうなんだ。知らなかった。」
「でも、俺は逆だと思ってるんです。」
「逆?」
「本当は、観光客が東京を見るためじゃなくて、そこを通る人間を、東京が品定めしていると思うんですよ。こいつは危険だ、こいつは金を落としていく、こいつらは何の害もない。ってね。そうやってこの街は、誰にも気付かれないように、いつの間にか、人を外に外に締め出していくんです。締め出された方は、東京に追い出されたなんて思っちゃいない。自分のせいだと思いながら、この街を出ていくんです。それってなんか、怖いっていうか、卑怯だと思いませんか?」
休憩はあと5分で終わってしまう。他のアルバイトたちの中には、疲れきって横になり、顔を手で覆っている者もいる。こんな夜中に作業をするようには、人間の体は作られていないのだ。それでなくても、ビルのフロアの移転という仕事は、いくら体力に自信があってもキツいというのに。2人もクタクタになって、荷物のなくなった35階の窓から外を眺めている。
「なかなか面白い考えだね。それ。東京が人を選ぶ。」
「おれはもう、締め出されたのかもしれません。ここにいるとそう思えてきますよ。」
「じゃあ僕も締め出されたってことか。でも、もしかしたら、最初からこの街は、誰のことも受け入れる気なんてないのかもしれないね。」
2人はもう一度、モノレールの線路を見る。なだらかな曲線は、目を凝らして見ないとその姿が見えないほど、東京の夜の闇に溶けている。