第107期 #12

キツネのペンが恋をした

 彼女は小さな小さな銀色のスプーン。触れると冷たく、叩くとチンと硬い音を奏でる。その体いっぱいで光を反射させてキラキラと輝いて、見つめている者をニッコリとさせる不思議な力があるような美しさがある。

 ペンは彼女に一目惚れをした。しかしペンは北ギツネだから、この恋心が報われないと分かっていた。
 それでもペンは彼女の事が好きだった。しかし彼女は小さな小さなスプーンだから、この想いが届かない事をペンは感じていた。
 それでもペンは深い愛情を持って、小さな小さなスプーンを見つめてしまうのだ。

 ペンは考えた、どうすれば彼女と仲良くなれるのかを。そして、彼女と釣り合える存在になろうと思いついた。

 始めに『マスクメロン』になろうと試みた。しかしあの網加減が難しいので、ペンはマスクメロンをあきらめた。
 次に『レアチーズケーキ』になろうと試みた。しかしチーズ嫌いなペンにはレアチーズケーキに変化(へんげ)する事が出来なかった。
 その後いくつかの物に変化を試みた。彼女が心を開いてくれる物、そう思える物すべてに変化してみたが、彼女は心を開いてはくれなかった。


 最後にペンは、自分の持っている変化の能力をすべて使って『バニラアイス』に変化した。とっても甘く、口に入れるとクリーミーな味を残してス〜っと溶けてしまうバニラアイスに。
 そして彼女のそばに近づいた。

「そんな……。あなたを信じていたのに、どうしてそんな事を……」
 彼女はようやく心を開いてくれた。しかし悲しそうに、辛そうに泣いていた。
「ワタシはスプーン。ですからバニラアイスのあなたを傷つけてしまう。かといって、何もしないとあなたの体は溶けてしまう……。ワタシはどうすればよいのでしょうか……」
 彼女は泣きながらそう言い残して、ペンの前から消えてしまった。

 ペンは彼女に恋をしていた。しかしペンは北ギツネだから、そして彼女は小さな小さなスプーンだから、二人の恋は儚く終わりを告げられた。
 それでもペンは彼女が好きだから、今日も彼女を待って、変化の葉を集めて考えている。そして彼女が戻って来る事を信じている。



Copyright © 2011 佐野和水 / 編集: 短編