第106期 #5

祭りの夜

 5月20日の夜。今日は毎年行われる伝統的な祭りの日だ。そのとき俺は近くの森の中にいた。なぜかというと弟が祭りのくじ引きで当てたボールで二人でキャッチボールをしてたとき、弟がボール取り損ねて、森の方に飛んでったからだった。そして今、俺がボールを探しているということだった。しかし、ボールはいくら探しても見つからないし、俺は中学生なのに迷子になるしで何をしているか分からなくなってきた。

探し始めてどのくらい経っただろう。祭りの明かりはもう消えている。もう諦めようかと思っていたとき、後ろから足音が聞こえた。ビクッとした。もしかしたら幽霊じゃないかと思いながら、恐る恐る後ろを振り返ってみると口の裂けた全身血だらけの女性が…と思ったがよくみると袴を履いていて、黒く長い髪をしていて、顔は少し幼く見えてかわいらしかった。まあいわゆる大和撫子のような少女が立っていた。手には俺がずっと探していたボールを持っていた。俺は話しかけるのが怖かった。
「そ、そのボール…」
少女はボールをみて
「これ…あなたのですか?」
おれはやはり怖かったから
「あ、ああ。」
と少し震えながら答えた。すると少女は、
「そうですか。良かった。」
と言って笑ってボールを渡してくれた。
「あ、ありがとう…」
「いえいえ、私も嬉しいんです。」
と少女は嬉しいように、悲しいように言った。
「皆さん、私をみるといつも゛出たー!゛とか言って逃げてしまうんです。だからこうやって話が出来るのが嬉しいんです。」
「そっか…」
俺はこの子の気持ちがよく分かった。
「俺も分かるよ。その気持ち。」
「えっ。」
俺は小学生のころ変な噂が流されて、無視されたり、距離を取られたりされたことがあった。だからこの子の気持ちがよく分かった。
「でも大丈夫。元気出して!自分から言えばみんな分かってくれるから!」
少女は涙目で頷いた。
あの後何とか森からも出られて家についた。でも厳しく怒られたけど…。


次の日。俺は中学校に登校した。
朝の会の時、先生が
「えー、さっそくだが今から転校生を紹介する。」
教室がざわざわし始めた。
「静かに、しずかに!さぁ入って。」
ドアから入って来た子は黒く長い髪で、顔は少し幼く見えた。先生は黒板に名前を書いた。
「えー、この子が転校してきた中川涼子だ。」
その子は小さくお辞儀をした。そして俺を見てニコッと笑った。俺は思わずニコッと笑い返した。笑った時間が長く感じた。



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