第106期 #3
タロサは雑種犬ながら人の言葉を理解し、嗅覚も他の犬の十倍もありました。
先日も山で雪崩にあったおじさんを雪の中から探し出し、助けることができました。
そして今ぼくは山を下り、次の冒険先を海と決めました。
「ザブザブ、ザブーン」
波の音が聞こえ出しました。するとどうでしょう。丘を下ったさきに見たこともない大きな海が広がっていました。
「これが海か、なんて広くて大きいのだろう」
ぼくは大喜びで海に飛び込み、犬かきで初めての海を思いっきり楽しみました。
「ああ、気持ちいいなあ。体がぽかぽか浮いて、空と海の水が同じ色だ」
ぼくは時を忘れ、大海原の流れに身をまかせていました。そんな時です。遠くかすかに
「助けて、助けて・・・」
と、弱弱しい声が聞こえてきました。
ぼくは目、耳、鼻の全てに神経を集中させました。
「いた!」
沖のブイの近くで幼い男の子がおぼれ、今にも海の底に沈んでしまいそうでした。
「今助けに行くからね!」
ぼくはできるかぎりの犬かきで、男の子の元に急いで泳いでゆきました。
「あ、危ない!」
男の子が海に沈みかけた時、何とかぼくはその腕をくわえ、自分の背中に引きずりあげました。
「キャー」
と言う、お母さんの声が聞こえます。
ぼくは力の限り泳ぎ砂浜を目指しました。
お母さんは腰まで海に駆け寄り男の子を救い上げました。
すぐさま男の子は監視員の人に人口呼吸をされ、病院に運ばれました。
その後が気になったぼくは救急車の後を病院までおいかけました。
それから丸一日ぼくは駐車場の片隅で男の子が入院している病室を眺めていました。その夜男の子は元気に退院してきました。
お母さんはいち早くぼくに気づき
「あー息子の命を救ってくれたわんちゃんね。なんとお礼を言ったらいいのか。そうだ、これから我が家で一緒に暮らさない?ねえそうしましょうよ」
しかし、ぼくは首を縦には振りませんでした。
まだまだやり残したことや、冒険をしたいことがたくさんあるからです。
「ウオ、ウオーン」
と鳴くと、お母さんも理解してくれたのか、
「そうか、まだ旅に出たいのね」
そう言うと、僕の首におむすびをさげてくれ、小さな涙を一粒流し、そっと手を振ってくれました。
ぼくもなんだか目がかゆくなったと思ったら涙が止まりませんでした。
またいつの日か、この海に帰って来るかも知れませんが、ぼくはまだ旅を続けます。