第106期 #2
向かい合う少女と少年。
少女の手には重量感のある斧。
少年の手には重量感のある杭。
その少女と少年は姉と弟である。
姉が問う。
「やらない善とやる偽善、どちらが善いと思う?」
「やる偽善」
姉が問う。
「やらない悪とやる偽悪、どちらが悪いと思う?」
「やる偽悪」
弟が問う。
「善と悪はどう区別する?」
「主人公が善で敵対者が悪だよ」
弟が問う。
「性善説はどうなる?」
「そこで出てくるのが偽悪者だよ」
弟が問う。
「性悪説はどうなる?」
「そこで出てくるのが偽善者だよ」
姉と弟が同時に問うた。
「私は偽悪者だけど、あなたは主人公?」
「僕は偽善者だけど、あなたは敵対者?」
姉と弟は同時に笑った。
嘲笑と憫笑を混ぜた笑いだった。
姉が言った。
「そろそろ、始めようか。私は偽悪者で敵対者であなたの姉だ」
弟が答えた。
「そうだね、始めようか。僕は偽善者で主人公であなたの弟だ」
二人は互いに持つ武器を向ける。
もう言葉はなかった。
もう問答はなかった。
そして、同時に二人は互いを殺し始めた。
勧善懲悪の物語には主人公がいる。
勧善懲悪の物語には敵対者がいる。
主人公は偽善者であった。
敵対者は偽悪者であった。
物語には双子が登場した。
仲の良い双子が登場した。
その双子は主人公と敵対者に選ばれた。
姉は敵対者だった。
弟は主人公だった。
物語に選ばれた姉は偽悪者に成った。
物語に選ばれた弟は偽善者に成った。
これは、勧善懲悪の物語。
そして、悪人に成れず、善人に成れなかった双子の物語。
「もう戦えないから帰るね」
「そっか、じゃあまたね」
双子は互いに手を振って去った。
戦いは引き分けた。
何百回目の引き分けだった。
これは永遠に終わらせない、双子が織り成す偽善偽悪の物語。