第106期 #20
ねえダーリン。私がもし宇宙人だったらどうする?
「え、君は宇宙人なのか?」
私の血が緑色で、くちびるがもしヴァギナだったらどうする?……ねえ真面目にきいてる? ヴァギナとはつまり、女性器のことなんだけどね、
「知ってるよ。中学で習ったし、この世で一番難解な形をしているね」
うん、たしかに理解不能かも。耳の形は迷路みたいだけど、ヴァギナの形って、ある物語の本質を一瞬で表現しようと思ったらついこんな形になったんじゃないかって、
「あるいは腐った内臓みたいなものを集めて作った詩だね……冬の怨念とか夏のそよ風なんかが出鱈目に集まって、でもぎりぎり崩壊せずに、それぞれの言葉がバランスしているような」
いいえ、きっとバランスは壊れ続けているのよ。ヴァギナって一瞬の風景でしかないの。そして一瞬はね、いつも永遠を内に秘めているのだけれど、永遠はまるでアリンコを一匹づつ踏み潰すみたいにその一瞬を殺し続けているの。
「君のヴァギナは蟻地獄か? 気持ちいいのか?」
もう、エッチなダーリン。もっと真面目な考えなきゃ駄目でしょ。想像力はときに人を傷付けることがあるのよ。
「君を傷付けるなんてそんな……でも傷付いた君はきっと素敵さ」
私だけじゃなく、傷付けられるものはみな美しく壊れていくの。
「ああ、君を傷付けたいよ……でもこの僕に、君を傷付ける資格なんてあるのだろうか?」
ないわ。でもある、あなたに傷付けて欲しいと思う瞬間がある。一瞬だけその傷の中で、あなたと一つになれる瞬間があるの。とても耐え難い、苦しみなのに、
「だったら君の代わりに僕を傷付けてくれよ。そして二人で崩壊していくんだ」
それは出来ないの、ダーリン。傷は孤独を生きているから、一緒に傷付くことは出来ないのよ。私たちはお互いに、お互いの傷の深さや痛みを想像することしか出来ないの。
「それでもなお僕は、君の痛みを、孤独を知りたい。そうでなければ生まれてきた意味なんてない」
それでもなお私たちは、孤独の意味を探さなければならないの。人間であるということは、孤独であることを選ぶということなの。だけど人間は孤独の深さを愛や美という言葉に置き換え自分を慰めるの。
「違うよ。だっていま目の前に君がいて、そして君の目の前には僕がいる。それがすべてさ。僕は君に触れることが出来るし、僕たちはそこからすべてを始めることが出来る。孤独も愛も、まだ知らない場所からね」