第106期 #18
ドアを開けるとむわっと熱気があふれ出て、ほのかな汗のにおいもした。自分のにおいは気にならなくても人のにおいは気になるものだと言われるけれど、彼女のはそう不快ではなかった。
「おかえり」
掠れた声がした。喉が渇いていそうだ。前髪が汗で濡れて額に貼りついている。つうっと頬からあごの先まで流れたそれを、彼女は人差し指の根元で拭った。
窓の横の壁に背中を預け、足を崩れた「4」の形にしている。スカートは短く、ゆるく曲げた右足の膝横に蚊に刺された跡がある。
「クーラーつければいいのに」
わたしは部屋に上がって台所に向かう。シンクの籠からグラスを取りつつ冷蔵庫を開け、ペットボトルのお茶を取り出す。
「人の部屋だし」
「気にしなくていいのに」
グラスに注いだお茶を差し出すと、彼女は少し気だるそうにしながら受け取った。制服のブラウスも汗で濡れて肌に貼りついている。ボタンを三つ開けた胸元からは水色のブラが覗いていた。
喉を鳴らす音が響く。両手でグラスを傾ける仕草は上品に見えた。わたしは彼女の両手首を縛っている縄をぼんやりと見つめた。
「何?」
頬でグラスの冷たさを味わいながら彼女は小首を傾げる。
「手錠のほうがよかったかなって。革のやつとか」
「うーん、革だとベトつくし。それにこの感触、私好きだよ」
「飲んだらシャワー浴びる?」
「あ、うん」
彼女はまたグラスに口をつける。わたしは彼女の額に貼りついた前髪を指先で横に流した。彼女は少し照れくさそうな、親が子供の悪戯に対して見せるような笑みを零した。
二つのグラスをシンクに置き、わたしも彼女を追ってバスルームに入った。
「スカート脱ぐ?」
「ん?」
「スカートだけ脱ぐ?」
「どっちでも」
彼女は迷った末にスカートのまま湯船の縁に腰かけた。わたしはシャワーのノズルを持ち、水のほうの蛇口を捻る。無数の線がタイルの上で弾け、細かな粒が足を掠めていく。彼女が心待ちにしているようなので、わたしはノズルを上に向けて少し傾ける。
「つめたっ」
「水だからね」
「水責めだ」
「そ、水責め」
滑らかに濡れたブラウスが白い半透明の越しの水色と肌色を作る。彼女の体の線を描き出していく。手首の縄も水を吸って色が濃くなり、解きにくそうになっていた。乾くのにどのくらいかかるだろうか。でも夏だから、わりとすぐかもしれない。
彼女は特に気にする様子もなく、ただ気持ちよさそうに水の感触に目を閉じている。