第106期 #17

六畳二間、十五年

「パンツ脱ぎなよ」
 二年ぶりに兄はそう言った。戸棚の上、父の遺影の脇にある置時計は四時過ぎを指し、低く差し込む西日の奥、埃の張り付いたブラウン管の中から兄は輪郭だけで私を見つめていた。
「今日五時からバイトだから」
 パート掛け持ちしている母。そんな母に倣うように兄は高校に入ってすぐに厨房で働き始めた。
 兄は居間の中央を陣取る膳と出しっ放しの母の寝巻きを足で追いやり、目を伏せたまま私を待つ。兄と交わった過去の記憶が蓋を開けて蘇り、視界から色が失われていく。皮膚の内側が震え、嫌だ、と喉から吐き出すことができず、私が悪いんだ、私はお荷物なんだとぐるぐるとこじ付けながら自分の手でパンツを下げた。
 兄は私の顔を見ることもなく手を伸ばした。太く筋張った、暴力的な腕だった。私は目を閉じて不謹慎な考えに抗ったが、兄の指先が触れ、皮をめくられただけであっけなく濡れてしまった。恥と嫌悪。私は父と母と神様に対して申し訳なく感じた。
「ん」
 兄は座ったままジッパーを下ろした。兄に跨って奥まで入れると、兄の視線は段々と覚束ないものになっていき、閉じた口の隙間からふっふっと荒い呼吸が漏れ始めた。腰を揺すり始めた兄に角度を付けて合わせると、兄は眩しさを堪えるように皺を寄せ、なま温かい息を漏らした。片手は私の手を慈しむようにしきりに撫でさすり、やがて身を大きく震わせ、名残りを惜しむように一度深く押し込んでから抜いた。股をティッシュで拭いながら、屈辱や嫌悪の気持ちが薄れていることに気付き、行為の終わった直後だけはいつもそうだったことを思い出した。

「今日は給料日なんだ」何か欲しいものある?
「残り物貰ってきなよ」家計に回しなよ。
 そうだね。
「うん」
「俺、割とモテるんだよ」
「彼女作らないの?」
 うん。
 そうだよね。

 窓を大きく開けると、夕暮れの冷たい風が澱んだ空気を浚っていった。夕日が遺影に反射して兄と交わった畳に落ちる。劣化した畳は丸く沈み、影を澱のように忍ばせている。
 兄は遂に「言ったら殺すからな」とは言わなかった。労働欲とは裏腹にひょろ長いだけのこの身が恨めしく、兄の靴下の裏表を直して籠に放った。


 入った。



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