第106期 #14
男が目覚めると辺りは一面の純白だった。
天井も床も壁も真っ白なのだ。何もない部屋の中で彼は目覚めたのだった。いつから眠っていたのか此所が何処なのか一切記憶にない。
(此処は何処だ。外が見たい。)彼が念じると先程まで壁だった所に水色のカーテンをひいた窓が出来上がった。
彼は窓に寄り解放する。
そこには街の雑踏があった。何処かの交差点であろうか人や車が行き交っている。
此処はビルの一室のようだ。(外に)彼が思うとドアが出来上がる。いつの間にか彼はブルーのトレーナーにジーンズ、スニーカーを身につけていた。
彼はドアを明け外に出た。
明るく心地好い光が彼を包み込んだ。彼は交差点の傍らにたちぼんやりと辺りを見渡す。
「マルキュー行こ。マサミにお似合いのアクセサリー見付けたんだ!」「ウソー本当にー。」目の前を女子高生がはしゃぎながら歩いていく。 (此処は何処だ。俺は誰だ!)(交差点の地名にも記憶がない。)と、歩道の向こう側に懐かしい顔を見つけた。二十代中頃の女性である、誰だか解らないが唯一ここにきて記憶の片鱗を呼び覚ます可能性を彼は感じた。 彼はフラフラと引き寄せられるように交差点に入って行った。
佐藤彰は焦っていた。今日は見込客との契約締結の日であったが渋滞に巻き込まれ約束の時間をもう30分過ぎていた。
朝から仕事が混んでいて携帯もかけっぱなしの状態で充電も切れて連絡しようにもできない状況であった。
三年間温めてきた契約である。何としてもものにしたい。
こんな時に限って赤信号が続く。佐藤は信号が青に変わると同時にアクセルを目一杯踏み込んだ。
その時,佐藤の目の前に男がフラフラと出てきたのだ。
ブレーキを踏む暇もなくクルマは男を撥ね飛ばした。
男は空高く舞い上がり地面に激突した。ブルーのトレーナーは血で赤黒く染まっていた。
暫くして佐藤のクルマのボンネットに男の履いていた物であろうスニーカーが落ちてきた。
誰の目にも即死は明らかだった。
佐藤は目の前が真っ暗になった。
目の前の物が全て崩れていく様に感じた。いや、実際に周りのビルが崩れていくのを目の当たりのしたのだ。
悲鳴、逃げ惑う人々。(地震か?)佐藤が思った瞬間、ビルの瓦礫が佐藤の脳天を直撃した。
その5分後、男の命が尽きるとき地球自体が消滅した。
48億年の歴史を閉じた瞬間であった。
全てはこの男の想像の産物だったのだ。