第106期 #11
ハルミン(晴美・22歳)はある勘違いをしていた。その思い込みに気づかぬままオトナになり、いまの仕事―本人曰く「天職」に就いた。
そんなある日。
ハルミンが奏でるオルガンを囲んでいた園児たちが彼女にせがむ。
「センセー、今日もアレ、やって見せてよー!」
しょうがないなあ。ハルミンは園児たちを引き連れて園庭に出た。短大から同じなミッヒーとの、アレの呼吸はピッタリだった。
(たしかにふたりは長いつきあいだけれど、ミッヒ-はハルミンの勘違いには気づいていなかった。)
「じゃあね、いくよー!」
ハルミンは音頭をとった。園児たちは刮目した。
「はいっ!♪アルプスいちばんジャック…」
目の前で繰り広がる、カンフーの高速回転のようなハルミン(とミッヒー)の手技の応酬に、園児たちはあんぐりと開いた口がふさがらない。
余裕のハルミンはドヤ顔を決め込んで園児たちを見下ろした。
その夜。
積年の間違った言霊は、宛名の無い、歪んだ呪いのように夢と結晶化し、ハルミンの眠りに投下された。
「だれ?」
広大な山の裾野に見知らぬ少年がいた。
「オラかい?羊飼いのジャックだよ。アンタがいつも『いちばん』だって宣伝してくれてる…」
「ああ!」
決して美形の類ではないが、イメージ通り純朴そうな少年の登場に、ハルミンは感動に近い気分でジャックを受け容れた。
「オラ、前々からアンタに言いたいことがあったんだけど」
「なに?」
「オラ、一番じゃなくってもいいよ。それに羊飼い界の一番といえば、やっぱそれはペーターさんだよ」
「そうね。じゃあ、明日からは『二番ジャック』に…」
「そうでないんだよ。そもそもオラが何位かっていうハナシじゃなくって…」
夢から醒めやらぬハルミンは、押し入れから古ぼけた『みんなのうた』を引っ張り出し、「いちばんジャック」は「いちまんじゃく」のそら耳であることにいまさら気づき、肩を落とした。(題名にそうあるのにもかかわらずに…!)
つぎの日。なんだかジャックとの別れを思うと熱いものがこみあげてきたが、ハルミンは正統に「♪アルプス一万尺」と唄いはじめた。しかし…
「♪子ヤギの上でアルペン踊りを踊りましょ!」
その夜。夢。
後ろ足が極度に内側に湾曲した、見るからに痛々しげな子ヤギのユキちゃんがハルミンに毒づいてきた。
「ジャックが言ってたとおり、アンタって筋金入りの馬鹿ね。アルペン踊りを踊るのは『子ヤギの上で』じゃなくって『小鎗の上で』でしょー」