第105期 #8

天下泰平

ずんちゃかずんちゃか。当世たんと見かけなくなったラジカセなんか肩に担いで、ちり2頭のお侍Aが桜の散った大川沿いを歩いてゆく。聞き慣れない無宿が♪じゃあらじょうろじゃあらと大音量で垂れ流されている。すれ違う人びとは誰もお侍Aを直視はしないで、みな足早に伏し目がち。「母ちゃん、アレ、(変な人)!」小僧が皆まで口にしかけたとたん、母親は心臓の止まる思いで息子の口に手で蓋をした。だが小僧は母親の手を振り切ってまでして、お侍Aの姿を、その見慣れない風貌を正面からいまいちどよく見てみたかった。「やめなさい!こら!健坊!」母親の制止も虚しく、気づけばもと来た道を引き返していた。「こりゃあ、コンパスがダンチだな」景気づけにそうひとりごちたその瞬間、目の前に突然、祭家な花柄が表れ、健坊は鼻頭を強く打ちつけて尻餅。「会う血!」鼻と尻を押さえながら見上げると、左のひざを押さえながらお侍Bが見下ろしている。「ちょっとぉ〜こういうのありえないんですけど!」健坊の鼻血が付着した袴を唾で揉み擦りながら、最前までは穏やかだったBの表情は見る見るうちに狂気のそれに変貌していった。「堪忍してくだせえ、オイラ、急いでいたもんで」「ふざけんなよ!コレ買ったばっかなのに〜もういい!斬るから!」そう言い放つや、Bは己の柄に手をかけていた。これには流石に黙視を決め込んでいた往来人も騒然となり、周囲には予定調和の人だかりができた。「小僧、せいぜい命乞いしな!」ただただ怯える健坊と、柄に手をかけたままじりじりとにじり寄るB。そこに、人垣のモーゼからAが現れ、周囲はこれで役者が揃ったとばかりに、密かに語るしすの固唾を飲み込む。「小僧の代わりは拙者が受けてたつ。さあ、抜け!」「つーかなんで!アンタが先に抜けよ!」「いや、お前が抜け!」「そっちが抜け!」「抜け!」「抜けっつーの!」どうやらどちらが先に刀を抜くかで、一瞬で蹴りがつくはずの真昼の決闘は、かようにコミカルなものに…そこに、質の大黒屋のダンナが通りかかり、対峙するお侍ABの姿を一瞥するや、傍らの使用人・佐平に言った。「武士の魂を質草にまでして、かたや無宿なんぞに、かたや猛奴の最新の流行だかに入れあげて…鞘の中身はどちらも竹光。これじゃあ抜こうにも抜きようがあるまいに。佐平よ、お前ィはせいぜい、真っ当に精進するんだぞ。よいな」
「HEY!」



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