第105期 #7

 6月の入梅前、彼はこの次期に降る控えめな雨が好きだった。下校時になると、朝差してきていた傘は自転車の荷台に掛け、一人で雨粒に当たりながら自転車を家まで走らせる。
学校という冷めない空気の箱に半日閉じ込められ、顔中のあらゆる肉が緩くなる。それを初夏に入る前のちょうどよく冷えた水で引き締めなおすのだ。微妙に湿った制服は通気が悪く、体に熱がこもる、髪は濡れ、風が頭を冷ましてくれる。そうして冴えていく僕の頭は、いつも家に着く前にあるポイントを意識する。バイパス道をそれた道にある自販機だ。そこでコーヒーを買う。このコーヒーと、残りの帰路でいつも彼は小さな考え事をした。まあその前に自販機の前から動くことがひつようになるんだけれど。
そのときだ、前から横に広がり、傘を差して走る自転車の集団。近くにある私立校の生徒達だ。揃って坊主頭のところから察するに、おそらく素行の悪い事で有名な野球部の連中だろう。
そんな中の一人が「傘をさせ!」と大声で一言。別に驚きはしなかったものの一瞬イラッとした。そしてこう考えた。
 あいつらは何を思って自分に声をかけたのか、と。
彼らはおそらく、団結する事で思春期・青春を送るつもりなのだろう。それを非難する気はない。だがいつまでもそうやって固まっていると見えないことがある。それは独りでいることの楽しさで、本来の集団の重要性だ。特筆すべき事でもないが、人は独りでは生きられない。がしかし、だからと言って独りの時間を無視してはいけないのだ。己の将来を望み、哲学する。これは十代のときに必ずしなければならないことだ。この次期にこの事を考えずにいると、人は必ず悪い方向へと落ちる。一方、これを行った時間が長い者ほど、後の自分の成長は著しい。
 植物は主に雨によってその養分を取り込む。そして後に根を伸ばし、雨が降らずとも養分を取り込めるようになるのだ。当然それが人間に直接当てはまるわけではないのはわかる。それでも彼は固定概念から外れた雨に当たることに利益を感じるよう思考し、そして連中は傘を刺して自転車に乗っていた。
ただそれだけの事なのだ。でも彼は連中が彼よりも思考しているとは思えない。思いたくない。
 彼は雨でずぶぬれになっていた。



Copyright © 2011 己季 美水 / 編集: 短編