第105期 #17

悪魔の裁判

 どうしようもなく退屈で、普段ろくに使ってすらいないテレビにまで手を出したのは、まもなく日が暮れようとしていたときだった。外では烏が騒ぎだし、わずかに聞こえていた秋の虫の声を覆い隠す。その烏の声をまた覆い隠すように、テレビから音が発せられる。
 しかし、つまらない。この時間帯はニュース番組しかなかった。地上波を諦め、BSやCSの番組を漁り始める。知らないアニメが流れていたり、スポーツの試合が放送されていたりと多少の幅は出てきたものの、これも今ひとつ。
 そんな状態でチャンネルを回している中、ある所で手が止まった。止まった所は、米国の番組を流すチャンネルらしく、流れてくる言葉はもちろん英語だけ。別段英語の知識があったわけじゃないし、無論完璧に聞き取れたわけでもない。
 ただ、つけた瞬間に見えた字幕が、ひどく印象的だったもので。

「これは、悪魔の裁判です――」

 この言葉に魅了され、酔いしれるが如く、テレビに齧りついている自分がいた。自分の記憶に、少しばかり思い当たる節があった。

 そうだ、知ってる、これ。

 自分が物心ついてから間もない頃だっただろうか。米国で大規模な強盗殺人事件が発生した。多くの死傷者を出してしまったこの凄惨なニュースは、国内はおろか世界中に知れ渡った。そして事件の最重要参考人である男に、六年にも及んだ審議の末、最後の判決が下された。

 無罪。

 ある者は泣き崩れ、またある者は必死にブーイングを飛ばし続けていた。それでも、結果は変わらない。
 そんな中、壇上に一人立って声明を出し続ける年老いた女性。
 被害者であろう青年の遺影を抱えながら、その母親らしき人物は、沸き上がる思いを押し殺しているかのように、丁寧に文字を読み上げていく。
 頬は痩せこけ、背中は曲がっていた。遺影に写った随分と若々しい青年と見ると、どうにも奇妙な気持ちに襲われる。
 片方の時間は完全に止まり、もう片方の時間はいまだ動き続けている。それが奇妙で仕方なかった。
 その女性が最後の一文を読み終えたときには、あれだけ飛び交っていたブーイングは止み、喝采が起き、割れんばかりの拍手が巻き起こっていた。泣き崩れていた人々も、このときだけは必死に両手を叩き続けていた。

「私達はこの結果を認める訳にはいきません。ですが、それを認めさせようとして費やした時間は、あまりにも大きすぎました」

 最後の字幕には、こう表示されていた。



Copyright © 2011 謙悟 / 編集: 短編