第105期 #16

corkscrew

 帰宅。携帯に着信十件、メール八件。私はそれらを全て削除し、机に郵便物を並べる。そのどれも封が破られ、可愛らしいシールで封がされ直してある。公共料金、税金、電話代。すべてだ。
 私は壁に立てかけた三枚の鉄板に手を添える。張り付くように冷えた鉄塊は、荒れた気持ちを鎮め己を取り戻させてくれた。

 二年前の私は貧弱だった。他人の良識を信じ、ささやかな疑問を先送りにした結果、取り返しの付かないところまで放置してしまった。見知らぬアドレスから携帯に送りつけられた実家の画像。それでようやく、いたずら電話や謎のメール、無くなった下着などが一つに繋がった。そうなるまで気付けなかったのだ。
 私の彼は直情的で、相談しても感情の赴くまま暴力に訴えるだろう。ならば警察に行くという手もある。だが、これらの拘束力は一体どれほどのものだろうか。安寧を絶対に永遠に取り戻せるのだろうか。変質者にも守らねばならないものがあるなどと、良識があるなどと、どうして言えるだろうか。結局は変質者の気分次第になってしまうのだ。それほどまでに私はか弱い。
 だからといって催涙ガスやスタンガンも駄目だ。成功率云々ではなく、変質者に敗北の言い訳を与えてしまう。私を犯すに当たって超面倒くさい障害がそびえているぞと、完膚なきまでにとっちめてやらなければ断ち切れない。安心して犯すには殺すしかないと思わせるほどに。絶対に従わないということに。
 成人男性の平均体重に比べると私は軽い。けれども四十一キロの肉の塊と考えたらどうだろう。
 そんな考えがきっかけで、私は鉄板に挑戦した。はじめ手首を捻挫し、去年は拳が砕けた。そして昨夜、私は拳に一瞬遅れた風の音をこの耳で確かに聞いた。鉄板は打点を中心にねじれて歪んでいた。

『鍵は開けておくから』送信。
 髪を後ろで一つに束ねる。これで殺されることになったとしても運が悪かったとは思わない。ちょっと可愛いとかその程度の運があるだけで生きていけるほど甘かっただけの話だ。
 やがて扉の軋む音が響き、変質者がその姿を現した。
 コンビニの店員。くだらない。まさに成人男性といった体格。男はもごもごと何かを呟いていたが、それに耳を傾ける必要はない。
 私は鋭く踏み込んで全力で殴った。勢いそのままに足をかけて押し倒し、振り上げた踵で踏み潰す。
「立ちなさい」
 数歩退いて構える。私の人生はまだ始まったばかりだ



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