第105期 #18

 夏に向かいながら溶けていく、君は真っ白な後悔のようだと僕は思った。
「ねえ、なんで砂漠の真ん中でアイスクリームなんか売ってるの?」
 きっと誰かを待っていたいのだろうね。
「ふうん、あなたって寂しい人なのね。バニラアイスちょうだい」
 うちはバニラアイスしかないけどね。
「それでいいわ。選べないことは素敵なことなのよ」
 君はビーチパラソルの陰に腰を下ろすと、脱皮する虫のようにモゾモゾと服を脱いだ。
「ああそれからあなたの分のアイスもね。私と二人分ね。お願いね」
 君って柔らかい暴力みたいだな。
「つまりあなたは、傷ついていたいだけなのよ。それよりアイスまだなの?」
 僕は二つのコーンにバニラアイスを盛ると、砂の上に寝そべるビキニ姿の君に手渡した。
「一つはあなたの分よ。はい」
 僕はアイスを売る方の役だからいらない。買ったアイスをどうするかは、君の自由だけど。
「役ねえ。それは考えてなかったわ」
 そう言うと君は右手に持った方のアイスクリームを、もの言わぬ砂漠に向かって思い切り投げた。
「誰かを拒否する。それで何かを守ったつもりになれるのよね」
 僕は何も言わず、アイスクリームを詰めた冷凍箱の脇に寝転んだ。今日は店じまいだ。
「おやすみ。あなたを困らせる気はなかったの。おやすみ」
 僕は夢の中で、砂漠に帰っていく君を見送った。本当はどこにも、帰る場所なんかないんじゃないのか?
「そして夜が明け、次の日がやって来ました。私はビキニを剥ぎ取り、真っ裸であなたの前に現れました。私は昨日と同じ調子で、あなたに二人分のバニラアイスを注文しました」
 朝、夢の終わりに現れた君は何やら深刻な問題を抱えているようだった。君の黒い髪の毛が、何かを諦めたようにポロポロと抜け落ちていく。君は病気か? もう死んでしまうのか?
「そのうちまゆ毛も、陰毛だってすべて抜け落ちるわ。あなたはただ自分の役を演じていればいいのよ。ほら、もう体の皮膚も溶け始めているでしょ。だから早くアイス作ってよと私がせかすと、あなたは青ざめた顔をしながらコーンにアイスクリームを盛った」
 一つは僕の分でいいんだな。分かったから、君はもう何も言わなくていいから。
「今日はずいぶん優しいのね。だけどもう肺も、心臓も胃も腸も、筋肉も子宮も唇も溶けて駄目になってしまうの。最後にセックスしたかったな、赤ちゃんうみたかったな、でもその子が挫折して、変態野郎になったら嫌」



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