第105期 #10
常に重い風が吹き荒ぶ人外の低地の底に白いドーム型の研究所があった。キャサリン・パーマーはそのドームに一人で住んでいた。
ドームの中心にはさまざまなメーカーのさまざまな観測装置が備え付けられ、液晶ディスプレイが無数の数字を表示していた。それらの数字は地表に降り注ぐ日光のスペクトルだったり電波状況だったり放射線の量だったりを表していた。毎日の観測データを集計し簡単な日誌をつけ、それを送信する作業は、午前中に終わってしまう。あとは自由な時間だ。軽くランチを取った後、キャサリンはしばしばパワードスーツを着込んで研究所の周辺を散策した。キャサリンのお気に入りはセトーの竹林だった。
セトーの竹林には地球のどの動物とも似ていない生きものが棲んでいた。通称リビングデッド――全身真黒な毛皮に覆われているところは哺乳類のようだった。頭部と胸部が一体化し、後ろに丸い尻をひきずっている姿はクモを連想させた。頭には昆虫のような巨大な複眼と触覚がついていた。
だれもが重い風を嫌って高地に住むこの惑星で、地表の研究所に勤務したいという科学者はめったにいなかった。キャサリンが今の仕事に応募したとき、従妹たちはみな、キャサリンは子供のころから変わり者だったと陰口を叩いた。けれど気にしない。
キャサリンは一日に何時間も竹林の奥で過ごすようになった。竹林の奥は外の風から遮断され、日が差し込むこともなく、暗くしんと静まり返っていた。竹林の底をもぞもぞ這い回る不思議な生きものは、いくら観察しても飽きなかった。一メートル弱ごとに格子状に規則正しくはえそろっている太いセトー竹は、体幅、体高共に三十センチほどの彼らにとってちっとも邪魔ではなかった。風や外敵を防いでくれる頼もしい柱だった。彼らは竹林の地面に生えるある種のキノコが好物だった。それはサクランボのような赤く丸い傘の下に白いツバが花弁のように広がっていて、美しい花のようだった。キャサリンは彼らがそのキノコに額を押し付け胞子を額にくっつけた後で、周囲の腐葉土に念入りに額をこすりつけて胞子を植えつけていることに気づいた。
空の上の風の人たちが地べたを這う生きものを毛嫌いし、蔑んでリビングデッドと呼んでいることに、おとなしく控えめなキャサリンは深い憤りを感じずにはいられなかった。
――彼らは、お花畑を作ってる。お花畑を守ってる。彼らの本当の名前は、ハナモリだ。